How did you feel at your first kiss?
喉ですか、と海堂が低く呟くと、乾は少しの間視線をあらぬ方へと飛ばしてから観念したようだった。
背の高い大人びた風貌とはミスマッチな所作で、こくりと頷いてくるから。
海堂は大きく嘆息した。
「……窓開けたまま遅くまでデータまとめてて、そのまま机で寝てたとか言わねーよな」
「海堂、見てたのか」
「見てたらベッドで寝かせてる!」
「確かに」
暢気に笑う乾は海堂の憤慨に気にした風も無く、長い指の先で喉元をゆるく辿っている。
「声、おかしくないだろ? 何で判った?」
休日の自主トレからの帰り道だ。
「……もっと早く判ってたら、とっとと家に帰しました」
乾の呼吸が、随分と渇き乱れていると海堂が気づいたのは、仕上げのランニングの後だった。
もしやと思って注意深く乾を窺うと、何となくだが体調不良の気配がした。
なので、気のせいならいいと思いながら海堂が問いかけた言葉に、乾はしかし肯定を返してきたわけだから。
海堂が不機嫌になるのは道理だ。
「海堂と一緒にいたかったんだよ」
怒るなよと笑う乾の声音に海堂は息を詰まらせながらも剣呑と乾を睨み上げた。
「送っていきます。家まで」
「それは嬉しい」
でもたいしたことないぞと乾は海堂に告げてくる。
今日の夕焼けは鮮やかだった。
肩を並べて歩く。
乾は温和に、海堂は憮然と、でもお互いがお互いといる時の空気は、いつも藹々としていた。
自主トレをしている河原から乾の家の前まで、然程の距離もない。
すぐに辿りついたマンションの前で、海堂は改めて乾を見上げた。
「ご両親いるんですか」
「いや?」
「……あんた、家帰って、メシ食って、薬飲んで、早く寝ますか」
「い………や、努力はします。そうするように」
本当はあっさりそれを否定しようとしたのであろう乾は、海堂の眼差しの鋭さにやけに神妙な返事をしてきた。
「おい、海堂?」
海堂は乾の腕をとって歩き出した。
「薬飲むまでは見届けて帰ります」
当てにならないのだ。
乾は。
自己管理を怠るような事はないと海堂も思うのだけれど、これくらいたいしたことないと思っている以上油断ならない。
海堂はぐいぐいと乾の腕を引っ張って、マンションのエントランスに入り、エレベーターに乗り込む。
目的の階で降り、海堂はドアの前で乾が鍵を取り出すのを腕を組んで待った。
乾は妙に機嫌が良かった。
「どうぞ。海堂」
入って、とドアを背で支え海堂を先に促してくる。
「………………」
「ん?」
「…おじゃまします」
「はい、どうぞ」
初めて訪れた訳ではないので、乾の部屋がどこにあるのかは判っている。
海堂は乾に促されるまま先を歩き、乾の部屋で手荷物を下ろした。
「風邪薬と、何か腹に入れるもの」
「何でそんな睨むんだよ海堂」
「俺の目の前で飲んで貰う。それ見たら帰ります」
「それじゃ逆効果だ。飲みたくなくなる」
海堂は乾の部屋の壁に背を押し当てられる。
立ったまま、乾が上半身を屈めてきて、海堂の唇に重なるだけのキスをしてきた。
舌で探られる事はないけれど、重なっている時間は長かった。
離れる時に小さく粘膜が音をたてる。
「………あんた」
「…ん?」
「口…、熱い」
「そうか?」
中までまだなのに?とひそめた声での乾の笑いが、振動で海堂の唇に伝わってくる。
多分、ひきはじめの風邪を、乾は海堂にうつしたくないのだろう。
だから粘膜が直接触れ合うようなキスは、最初からする気がないのだ。
まだ、などと言いながらも。
「………………」
海堂は不機嫌になって、乾のジャージの胸元を片手で掴み取った。
ぐいっと引き寄せて下から乾の唇を塞ぐ。
舌で、海堂の方から乾の唇をくぐると、やはり中は熱かった。
それを海堂が確かめた途端、痛いくらいに海堂の舌は乾に絡めとられた。
「ン、…っ……」
「………………」
「……ぅ……、っ…」
優しく髪を撫でてくる手と、遠慮なく深みを探る舌とが、同じ人間の器官とは思えなかった。
乾にはそういうところがある。
一度目はあっさりと触れるだけのキスで済ませたくせに、二度目はがっつくようなこんなキスだ。
海堂が小さく忙しなく喉を鳴らしてやっと唇は離れていった。
「海堂」
「……、薬」
「別に薬飲むのが嫌でしてるわけじゃないんだが」
さすがに苦笑いを浮かべた乾が、海堂をキッチンへと連れて歩き出す。
乾の家では薬はそこにあるらしく、ラックから取り出したメディカルボックスをテーブルの上に置き、乾は冷蔵庫を開けた。
「何か腹に入れるもの……って、今日は調味料しか入ってないな、この冷蔵庫」
「……牛乳ありますか」
「ああ。あるよ」
「リンゴ一個貰います」
「海堂?」
テーブルの上の陶器の皿に真赤なリンゴがある。
そのうちの一つを海堂は手にして、乾から牛乳パックを受け取った。
「ちょっと台所借ります」
「はい、どうぞ」
乾は面白そうに答えてきて、椅子をひき、そこに腰を下ろした。
海堂は置いてあったジューサーをすすぎ、中に牛乳を注ぐ。
リンゴもざっと水で洗い、包丁で四等分してリンゴの芯を取った。
皮は剥かずに牛乳の中に入れる。
スイッチを入れて少しだけ攪拌して、スープ皿らしい器に中身を注ぎいれた。
スプーンと一緒に乾に手渡す。
「ふわふわだな」
「………………」
「綺麗なピンク色で」
お前の肌みたいだと余計な事を呟く乾の頭を、弱冠の手加減と共に海堂は平手で叩いた。
「いいから早く食えっ」
「いただきます」
乾は笑っている。
ずれた眼鏡を外してしまい、卓上に置いてからスプーンを口に運び、うまいなこれと言った。
「リンゴと牛乳だけでこんな触感になるのか」
「……飲み込むのが辛くなるとうちでは昔からこれなんで」
味はほんのりと甘く、淡いピンクの色合いで、そしてスプーンですくわないと口に運べない、今となっては少々気恥ずかしくも思える取り合わせなのだが、海堂の家ではこれが定番だった。
腹持ちもすこぶる良い。
「うまかった。ごちそうさま」
「薬」
「はいはい。海堂は厳しいな。……喉の痛み…は、…これか」
「水」
「海堂は気が効くな」
「いちいちうるさい…!」
薬を探し出した乾にコップに入れた水を手渡しながら海堂は怒鳴った。
乾が薬を飲んでいる間にジューサーと皿とスプーンを洗う。
「海堂は手際がいいなー」
「乾先輩!」
「からかってんじゃないって」
洗い物を伏せている海堂の背後からのしかかるように乾が被さってくる。
背中にぴったりと密着している乾の体温に、閉じ込められているかのような長い腕に、海堂はじわじわと赤くなる。
自分の方が熱が出てどうするんだと言葉にならずに悪態をつきたくなるが仕方がない。
乾相手だと、こうなるのだ。
乾だけに、こうなのだから。
「風邪うつしたらごめんな」
「………………」
緩まない手が嬉しい。
離れない距離に安堵している。
リンゴとミルクの味のするキスのさなかに海堂が考えていた事は、それだけだった。
背の高い大人びた風貌とはミスマッチな所作で、こくりと頷いてくるから。
海堂は大きく嘆息した。
「……窓開けたまま遅くまでデータまとめてて、そのまま机で寝てたとか言わねーよな」
「海堂、見てたのか」
「見てたらベッドで寝かせてる!」
「確かに」
暢気に笑う乾は海堂の憤慨に気にした風も無く、長い指の先で喉元をゆるく辿っている。
「声、おかしくないだろ? 何で判った?」
休日の自主トレからの帰り道だ。
「……もっと早く判ってたら、とっとと家に帰しました」
乾の呼吸が、随分と渇き乱れていると海堂が気づいたのは、仕上げのランニングの後だった。
もしやと思って注意深く乾を窺うと、何となくだが体調不良の気配がした。
なので、気のせいならいいと思いながら海堂が問いかけた言葉に、乾はしかし肯定を返してきたわけだから。
海堂が不機嫌になるのは道理だ。
「海堂と一緒にいたかったんだよ」
怒るなよと笑う乾の声音に海堂は息を詰まらせながらも剣呑と乾を睨み上げた。
「送っていきます。家まで」
「それは嬉しい」
でもたいしたことないぞと乾は海堂に告げてくる。
今日の夕焼けは鮮やかだった。
肩を並べて歩く。
乾は温和に、海堂は憮然と、でもお互いがお互いといる時の空気は、いつも藹々としていた。
自主トレをしている河原から乾の家の前まで、然程の距離もない。
すぐに辿りついたマンションの前で、海堂は改めて乾を見上げた。
「ご両親いるんですか」
「いや?」
「……あんた、家帰って、メシ食って、薬飲んで、早く寝ますか」
「い………や、努力はします。そうするように」
本当はあっさりそれを否定しようとしたのであろう乾は、海堂の眼差しの鋭さにやけに神妙な返事をしてきた。
「おい、海堂?」
海堂は乾の腕をとって歩き出した。
「薬飲むまでは見届けて帰ります」
当てにならないのだ。
乾は。
自己管理を怠るような事はないと海堂も思うのだけれど、これくらいたいしたことないと思っている以上油断ならない。
海堂はぐいぐいと乾の腕を引っ張って、マンションのエントランスに入り、エレベーターに乗り込む。
目的の階で降り、海堂はドアの前で乾が鍵を取り出すのを腕を組んで待った。
乾は妙に機嫌が良かった。
「どうぞ。海堂」
入って、とドアを背で支え海堂を先に促してくる。
「………………」
「ん?」
「…おじゃまします」
「はい、どうぞ」
初めて訪れた訳ではないので、乾の部屋がどこにあるのかは判っている。
海堂は乾に促されるまま先を歩き、乾の部屋で手荷物を下ろした。
「風邪薬と、何か腹に入れるもの」
「何でそんな睨むんだよ海堂」
「俺の目の前で飲んで貰う。それ見たら帰ります」
「それじゃ逆効果だ。飲みたくなくなる」
海堂は乾の部屋の壁に背を押し当てられる。
立ったまま、乾が上半身を屈めてきて、海堂の唇に重なるだけのキスをしてきた。
舌で探られる事はないけれど、重なっている時間は長かった。
離れる時に小さく粘膜が音をたてる。
「………あんた」
「…ん?」
「口…、熱い」
「そうか?」
中までまだなのに?とひそめた声での乾の笑いが、振動で海堂の唇に伝わってくる。
多分、ひきはじめの風邪を、乾は海堂にうつしたくないのだろう。
だから粘膜が直接触れ合うようなキスは、最初からする気がないのだ。
まだ、などと言いながらも。
「………………」
海堂は不機嫌になって、乾のジャージの胸元を片手で掴み取った。
ぐいっと引き寄せて下から乾の唇を塞ぐ。
舌で、海堂の方から乾の唇をくぐると、やはり中は熱かった。
それを海堂が確かめた途端、痛いくらいに海堂の舌は乾に絡めとられた。
「ン、…っ……」
「………………」
「……ぅ……、っ…」
優しく髪を撫でてくる手と、遠慮なく深みを探る舌とが、同じ人間の器官とは思えなかった。
乾にはそういうところがある。
一度目はあっさりと触れるだけのキスで済ませたくせに、二度目はがっつくようなこんなキスだ。
海堂が小さく忙しなく喉を鳴らしてやっと唇は離れていった。
「海堂」
「……、薬」
「別に薬飲むのが嫌でしてるわけじゃないんだが」
さすがに苦笑いを浮かべた乾が、海堂をキッチンへと連れて歩き出す。
乾の家では薬はそこにあるらしく、ラックから取り出したメディカルボックスをテーブルの上に置き、乾は冷蔵庫を開けた。
「何か腹に入れるもの……って、今日は調味料しか入ってないな、この冷蔵庫」
「……牛乳ありますか」
「ああ。あるよ」
「リンゴ一個貰います」
「海堂?」
テーブルの上の陶器の皿に真赤なリンゴがある。
そのうちの一つを海堂は手にして、乾から牛乳パックを受け取った。
「ちょっと台所借ります」
「はい、どうぞ」
乾は面白そうに答えてきて、椅子をひき、そこに腰を下ろした。
海堂は置いてあったジューサーをすすぎ、中に牛乳を注ぐ。
リンゴもざっと水で洗い、包丁で四等分してリンゴの芯を取った。
皮は剥かずに牛乳の中に入れる。
スイッチを入れて少しだけ攪拌して、スープ皿らしい器に中身を注ぎいれた。
スプーンと一緒に乾に手渡す。
「ふわふわだな」
「………………」
「綺麗なピンク色で」
お前の肌みたいだと余計な事を呟く乾の頭を、弱冠の手加減と共に海堂は平手で叩いた。
「いいから早く食えっ」
「いただきます」
乾は笑っている。
ずれた眼鏡を外してしまい、卓上に置いてからスプーンを口に運び、うまいなこれと言った。
「リンゴと牛乳だけでこんな触感になるのか」
「……飲み込むのが辛くなるとうちでは昔からこれなんで」
味はほんのりと甘く、淡いピンクの色合いで、そしてスプーンですくわないと口に運べない、今となっては少々気恥ずかしくも思える取り合わせなのだが、海堂の家ではこれが定番だった。
腹持ちもすこぶる良い。
「うまかった。ごちそうさま」
「薬」
「はいはい。海堂は厳しいな。……喉の痛み…は、…これか」
「水」
「海堂は気が効くな」
「いちいちうるさい…!」
薬を探し出した乾にコップに入れた水を手渡しながら海堂は怒鳴った。
乾が薬を飲んでいる間にジューサーと皿とスプーンを洗う。
「海堂は手際がいいなー」
「乾先輩!」
「からかってんじゃないって」
洗い物を伏せている海堂の背後からのしかかるように乾が被さってくる。
背中にぴったりと密着している乾の体温に、閉じ込められているかのような長い腕に、海堂はじわじわと赤くなる。
自分の方が熱が出てどうするんだと言葉にならずに悪態をつきたくなるが仕方がない。
乾相手だと、こうなるのだ。
乾だけに、こうなのだから。
「風邪うつしたらごめんな」
「………………」
緩まない手が嬉しい。
離れない距離に安堵している。
リンゴとミルクの味のするキスのさなかに海堂が考えていた事は、それだけだった。
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