How did you feel at your first kiss?
久しぶりに思い出した気がする。
ベッドにうつ伏せて、宍戸はもう声にもならない声を振り絞ってでも、唸りたい気持ちでいっぱいになった。
「宍戸さん」
ベッドの縁に腰掛けた鳳の手に、剥き出しの背を撫でられる。
寝返りすら億劫なのに、触れられた背筋にはっきりとした震えが走ったのが判って。
宍戸は片頬を枕に埋めたまま、斜に鳳を睨み据える。
「……お前……なあ…」
優しく、優しく。
あんなに丁寧なやり方で。
結果、こうなるっていうのはいったいどういうことだと宍戸は目線で鳳に訴える。
「………大丈夫ですか」
どこか辛くは?とそっと囁いて顔を近づけてくる鳳に。
宥められるよう撫でられている背の感触も、これほどまでに優しいのに。
久しぶりに思い出した。
優しく、優しく、何も傷ませずに、けれどここまで宍戸を崩す男のことを。
「お前なあ……」
身体中、指先の一本一本にまで、濃密な倦怠感を埋められている。
時々、こんな風に鳳は、優しいままに箍をはずす。
追ってどれくらい経っているのか、濡れた感触が宍戸の両足の狭間に、まだ生々しい。
「…………、…」
「………力抜いてて」
いとも簡単に抱き上げられそうになって、思わず身じろいだ宍戸を甘く宥める声。
容易く宙に浮く身体。
普段なら有り得ない状態なだけに、難なく鳳の腕に抱き上げられてしまうと、こんな事くらい鳳には簡単な事なのだということを思い知らされて。
どうにも宍戸は落ち着かない。
「…………お前なぁ…」
幾度目かになる言葉を吐き出しながら、それ以上が続かない。
動けないのか、動きたくないのか、宍戸自身にも判らないけれど。
確かに今、浴室に向かうにはこうして連れて行かれるしか術がない事は誰よりも承知していた。
「………………」
多忙な鳳の両親が、たまの休日をとって旅行に出かけていて。
宍戸は鳳に、今日うちに寄って行きませんかと誘われた。
鳳の両親が留守がちな事を宍戸は知っている。
広いその家で、鳳が何日も一人でいるのかと考えてしまって。
宍戸は素直に同意したのだ。
一人でいる事は当たり前だと思っている鳳は、宍戸にしてみれば、相当一人きりが嫌いな筈なのに、一人でいる事に何の疑いも不満も持たないアンバランスなところがある。
「泊まれって言やいいだろうが」
無理矢理帰れなくなんかしなくても。
宍戸が簡単に聞いてやれる程度の我儘を、最初から鳳に諦められているようで気に食わない。
「………すみません」
寂しいように。
済まなそうに。
笑わなくても。
「…………………」
別にそれが嫌だとか、怒っているわけではないのだから、宍戸は大人しく鳳に抱き上げられていた。
それでも、そこから軽く睨み上げてみせると鳳の表情がゆっくりと緩んでいったので宍戸の言いたい事は伝わったようだった。
「すぐお湯たまりますから」
「…………ん」
ベッドから運ばれてきた浴室は広い。
手足も楽に伸ばせる浴槽の中に丁重に下ろされて、シャワーを肩や背に宛がわれるのに任せたまま、宍戸は重く響く蛇口からの湯の放流をぼんやりと見つめた。
鳳の手は、あくまでも丁寧だった。
湯をすくうようにして、宍戸の肩が冷えないように気にかけている。
「寒くないですか?」
「…いや。暑くなってきた」
「少し風通しましょうか」
鳳家の浴室は少しばかり風変わりだった。
外部からは見えないよう設計されているが、浴室からは、庭の一部が地続きのようにつながっている。
窓というよりドアに近い大きな扉を鳳が開けに行くのを、宍戸は湯に浸かったまま、じっと見やった。
「………………」
鳳の背中があちこち赤い。
皮膚を切るほどではなく、引っかいたような赤い痕が生々しく広い背に乱れていた。
縋っても、縋っても、耐え切れないような衝動を繰り返し宍戸に送り込んできた男。
鳳の手がガラス扉を大きく開く。
そこから。
春の、温んだ夜風が。
すべりこむように、宍戸の元へも届いた。
甘く胸詰まるようなこの時期特有の夜の気配だ。
湯気に白くけむっていた浴室が一掃される。
春の風と一緒に、庭に咲く桜の花弁も浴室に吸い込まれてくる。
「………………」
淡い、繊細な色みの花弁は、揺らいで、頼りなく、鳳の開けた扉から浴室に忍んでくる。
「寒くなければ。少し開けておきましょうか」
「………ああ」
恐らく今晩で、桜ももう全て散るに違いなかった。
思いのほか沢山の桜の花びらが吹き込んでくる。
鳳が連れてきたかのように、桜は風にのって浴室に舞う。
扉を開けたまま、鳳は宍戸の元へ戻ってきた。
タイルに膝をつき、互いを隔てるバスタブに手をついて、鳳は宍戸の唇を浅く塞いだ。
「…………泊まっていって…くれますか…?」
「帰さないくらいの態度でいろっての」
お前は、と。
宍戸が呆れて微かに唇を触れ合わせたままの距離で言えば。
鳳の指先は宍戸の濡れた髪にもぐりこみ、キスを深くしてきた。
「帰したくないです」
大人びたキスに、子供じみた懇願に。
相も変わらずアンバランスな奴だと宍戸は思い、桜の舞う浴室で、鳳の頭を抱き寄せた。
帰らねえよと宍戸は告げた。
鳳が命じて望む事が出来ない事は、宍戸が命じて望ませる事にした。
ベッドにうつ伏せて、宍戸はもう声にもならない声を振り絞ってでも、唸りたい気持ちでいっぱいになった。
「宍戸さん」
ベッドの縁に腰掛けた鳳の手に、剥き出しの背を撫でられる。
寝返りすら億劫なのに、触れられた背筋にはっきりとした震えが走ったのが判って。
宍戸は片頬を枕に埋めたまま、斜に鳳を睨み据える。
「……お前……なあ…」
優しく、優しく。
あんなに丁寧なやり方で。
結果、こうなるっていうのはいったいどういうことだと宍戸は目線で鳳に訴える。
「………大丈夫ですか」
どこか辛くは?とそっと囁いて顔を近づけてくる鳳に。
宥められるよう撫でられている背の感触も、これほどまでに優しいのに。
久しぶりに思い出した。
優しく、優しく、何も傷ませずに、けれどここまで宍戸を崩す男のことを。
「お前なあ……」
身体中、指先の一本一本にまで、濃密な倦怠感を埋められている。
時々、こんな風に鳳は、優しいままに箍をはずす。
追ってどれくらい経っているのか、濡れた感触が宍戸の両足の狭間に、まだ生々しい。
「…………、…」
「………力抜いてて」
いとも簡単に抱き上げられそうになって、思わず身じろいだ宍戸を甘く宥める声。
容易く宙に浮く身体。
普段なら有り得ない状態なだけに、難なく鳳の腕に抱き上げられてしまうと、こんな事くらい鳳には簡単な事なのだということを思い知らされて。
どうにも宍戸は落ち着かない。
「…………お前なぁ…」
幾度目かになる言葉を吐き出しながら、それ以上が続かない。
動けないのか、動きたくないのか、宍戸自身にも判らないけれど。
確かに今、浴室に向かうにはこうして連れて行かれるしか術がない事は誰よりも承知していた。
「………………」
多忙な鳳の両親が、たまの休日をとって旅行に出かけていて。
宍戸は鳳に、今日うちに寄って行きませんかと誘われた。
鳳の両親が留守がちな事を宍戸は知っている。
広いその家で、鳳が何日も一人でいるのかと考えてしまって。
宍戸は素直に同意したのだ。
一人でいる事は当たり前だと思っている鳳は、宍戸にしてみれば、相当一人きりが嫌いな筈なのに、一人でいる事に何の疑いも不満も持たないアンバランスなところがある。
「泊まれって言やいいだろうが」
無理矢理帰れなくなんかしなくても。
宍戸が簡単に聞いてやれる程度の我儘を、最初から鳳に諦められているようで気に食わない。
「………すみません」
寂しいように。
済まなそうに。
笑わなくても。
「…………………」
別にそれが嫌だとか、怒っているわけではないのだから、宍戸は大人しく鳳に抱き上げられていた。
それでも、そこから軽く睨み上げてみせると鳳の表情がゆっくりと緩んでいったので宍戸の言いたい事は伝わったようだった。
「すぐお湯たまりますから」
「…………ん」
ベッドから運ばれてきた浴室は広い。
手足も楽に伸ばせる浴槽の中に丁重に下ろされて、シャワーを肩や背に宛がわれるのに任せたまま、宍戸は重く響く蛇口からの湯の放流をぼんやりと見つめた。
鳳の手は、あくまでも丁寧だった。
湯をすくうようにして、宍戸の肩が冷えないように気にかけている。
「寒くないですか?」
「…いや。暑くなってきた」
「少し風通しましょうか」
鳳家の浴室は少しばかり風変わりだった。
外部からは見えないよう設計されているが、浴室からは、庭の一部が地続きのようにつながっている。
窓というよりドアに近い大きな扉を鳳が開けに行くのを、宍戸は湯に浸かったまま、じっと見やった。
「………………」
鳳の背中があちこち赤い。
皮膚を切るほどではなく、引っかいたような赤い痕が生々しく広い背に乱れていた。
縋っても、縋っても、耐え切れないような衝動を繰り返し宍戸に送り込んできた男。
鳳の手がガラス扉を大きく開く。
そこから。
春の、温んだ夜風が。
すべりこむように、宍戸の元へも届いた。
甘く胸詰まるようなこの時期特有の夜の気配だ。
湯気に白くけむっていた浴室が一掃される。
春の風と一緒に、庭に咲く桜の花弁も浴室に吸い込まれてくる。
「………………」
淡い、繊細な色みの花弁は、揺らいで、頼りなく、鳳の開けた扉から浴室に忍んでくる。
「寒くなければ。少し開けておきましょうか」
「………ああ」
恐らく今晩で、桜ももう全て散るに違いなかった。
思いのほか沢山の桜の花びらが吹き込んでくる。
鳳が連れてきたかのように、桜は風にのって浴室に舞う。
扉を開けたまま、鳳は宍戸の元へ戻ってきた。
タイルに膝をつき、互いを隔てるバスタブに手をついて、鳳は宍戸の唇を浅く塞いだ。
「…………泊まっていって…くれますか…?」
「帰さないくらいの態度でいろっての」
お前は、と。
宍戸が呆れて微かに唇を触れ合わせたままの距離で言えば。
鳳の指先は宍戸の濡れた髪にもぐりこみ、キスを深くしてきた。
「帰したくないです」
大人びたキスに、子供じみた懇願に。
相も変わらずアンバランスな奴だと宍戸は思い、桜の舞う浴室で、鳳の頭を抱き寄せた。
帰らねえよと宍戸は告げた。
鳳が命じて望む事が出来ない事は、宍戸が命じて望ませる事にした。
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