How did you feel at your first kiss?
喧嘩中ではないが神尾の機嫌はあまりよくない。
眉を顰めて、唇を噛んで、声にならない声で唸っている。
「………跡部」
もう一回、と低く言った神尾の向かいで、跡部は片肘をつき溜息を吐き出す。
「まだやんのか」
「やる!」
「……いい加減気づけよ」
「え?」
「なんでもねーよ」
うんざりとした素振りの跡部の部屋で。
おそろしく高そうなガラステーブルを挟んで向き合っている跡部と神尾だ。
先程から二人は幾度となく同じ事を繰り返している。
精密なアイアンの装飾が施されているガラステーブルの上にあるのは十数枚の小銭だ。
百円玉と十円玉が多い。
「どっちからだ」
「えっと……俺から!」
好きにしろと跡部が言うので、神尾はテーブルの中央から小銭を一枚引き抜いた。
様子見の一枚だ。
跡部はすぐに三枚取った。
「………………」
一枚か二枚か三枚。
小銭を取る枚数はその三パターンに限られている。
二人で交互に小銭を取って言って、最後の一枚を引いた方が負けだ。
この、ささやかな賭けの方法は跡部の提案。
賭けの話自体を持ち出したのは神尾からだ。
「ほらよ。またお前の負けだ」
「………っ…、どうなってるんだよさっきから…!」
「どうもこうもねえよ…」
いい加減にしとけと跡部も機嫌のあまりよくなさそうな顔で言った。
もう何回くらいこの勝負を繰り返しているのか。
ことごとく最後の一枚を引くのは神尾だった。
「お前な……俺の家に泊まっていくくらいの事で、毎回駄々こねるんじゃねえよ」
往生際の悪い、と些か乱暴な口調で言った跡部の真向かいで神尾は赤くなった。
「……、…っ……そーゆー軽い問題じゃねーんだよ、俺にとってはっ」
「至れり尽くせり、上にも下にもおかないようなおもてなしを、俺様が直々にやってやってんだろ。何が不満だ」
「そん、…」
「違うってのか?」
「ちが…、てゆーか、そーゆーことを言ってんじゃねーんだよ……っ…」
真顔で、機嫌悪く、言う事だろうか。
そんな綺麗な顔で。
えらそうな態度で。
「………っ……」
神尾はいい加減熱くなってきた顔を伏せて、跡部を見ないようにした。
見たくないんじゃなくて、見られたくないのだ。
どれだけ赤いのかと、尋常でなく熱い自分自身の顔を思って神尾は頭を抱え込みたくなった。
「神尾」
「………泊まると……」
「……………」
「一緒に寝るじゃんか…」
「当たり前だろ」
神尾が必死の思いで言った言葉を、跡部は何を今更といった口ぶりで、即答肯定である。
ぐっと言葉を詰まらせた神尾は、透明なガラステーブルの天板の下から、跡部の手が伸びてきたのを見た。
手を、握られた。
「………、……」
「まさかそれが嫌だからって言うんじゃねえだろうな」
「…………い、…やとかじゃなくて……!」
跡部の声はそっけないくらいだったのだが、テーブルの下で跡部の手に握りこまれている指先が感じた力加減が不思議にぎこちなく思えて。
神尾は顔を伏せたまま口をひらいた。
「いやとかじゃなくて、ただ、跡部と一緒に眠るのとか」
「無理だの嫌だの今更言うんじゃねえぞ。さんざ寝こけといて」
「寝こけ……、」
「すかーっと、ガキみてえなツラして散々人の腕ん中で寝ておいて今更何だってんだよ」
跡部の語気が次第にきつくなる。
跡部の声が、からかうような言葉とは不釣合いになっていく。
「………………」
握り込まれている指先から、跡部が苛立ちが伝わってきて、神尾は、そっと跡部の手を握り返した。
「…………この間はじめて跡部が眠ってる時の顔見たんだってば……!」
「…ああ?」
「心臓止まるかと思ったんだよ…っ」
泣きそうにも、なった。
うまく言えない。
きっと跡部には伝えられない。
でも、怖いくらいに隙のない、整いきった面立ちの跡部が、神尾を片腕で抱きこみながら、深い、深い眠りに落ちている表情は。
静かで、綺麗で。
愛しかった。
心臓が止まりそうなくらい、泣いてしまいそうなくらい、神尾は。
「………跡部が…、…」
嫌だとか、見たくないだとか、そういう事ではなくて、跡部の、寛いで、穏やかな、眠りに沈むあの表情を思い出すだけで。
好きが膨れ上がって神尾はおかしくなりそうだった。
「バァカ。寝顔ごときでびびってんじゃねえよ」
跡部の指先が神尾の手首をゆるく撫でる。
手の甲を擦る。
ゆっくりと。
「………跡…部…」
優しい。
仕草だ。
「……泊まっていけ」
「………………」
「お前の心臓止まらねえように、夜中に目が覚めるなんて事ないくらい、してやるから」
「し……!」
びびるな、と駄目押しされた跡部の言葉も耳に入らないくらい、神尾は硬直した。
「して…って…!…」
「本当に慣れねえな…お前」
忍び笑う跡部に。
テーブルの下。
両手を握り取られる。
つながれた、両手。
羞恥心もそれでいよいよ限界に近い。
「いいな。神尾」
低くひそめた跡部の声に。
跡部と繋いだ、この手が無ければ。
神尾はこのまま倒れ伏してしまいそうだと思った。
そして実際跡部の言うように、することもしたわけなのだが。
その延長で延々睦みあうようにベッドの中で話を続けている中、神尾は跡部にコインの最後の一枚を引かない方法を教えられた。
「要は自分が取った後に残っている数が五なら絶対勝てるんだよ」
「……五?」
「相手が一枚取ろうが二枚取ろうが三枚取ろうが、最後の一枚引かせられるだろ。残り枚数が五ならな」
睡魔も手伝っていた。
神尾は跡部の説明を聞きながら。
小銭など無いベッドの中で、跡部の手に触れてそれを確かめる。
指の長い片手にそっと手を伸ばし、神尾はコインに見立てて跡部の指を握りこんでは試す。
「……ほんとだ……」
「………お前な」
「…ぇ……?……」
呻くような跡部の声を、聞いた気がしたが。
神尾は、結局、眠気に負けた。
跡部の指を両手に握りこんだまま。
もう、目が開かない。
「………ったく…どっちがだ」
心臓が、なんとかとか。
跡部が言っていたような気がしたが。
眠りに落ちていく神尾には、もう、確かめる術はない。
眉を顰めて、唇を噛んで、声にならない声で唸っている。
「………跡部」
もう一回、と低く言った神尾の向かいで、跡部は片肘をつき溜息を吐き出す。
「まだやんのか」
「やる!」
「……いい加減気づけよ」
「え?」
「なんでもねーよ」
うんざりとした素振りの跡部の部屋で。
おそろしく高そうなガラステーブルを挟んで向き合っている跡部と神尾だ。
先程から二人は幾度となく同じ事を繰り返している。
精密なアイアンの装飾が施されているガラステーブルの上にあるのは十数枚の小銭だ。
百円玉と十円玉が多い。
「どっちからだ」
「えっと……俺から!」
好きにしろと跡部が言うので、神尾はテーブルの中央から小銭を一枚引き抜いた。
様子見の一枚だ。
跡部はすぐに三枚取った。
「………………」
一枚か二枚か三枚。
小銭を取る枚数はその三パターンに限られている。
二人で交互に小銭を取って言って、最後の一枚を引いた方が負けだ。
この、ささやかな賭けの方法は跡部の提案。
賭けの話自体を持ち出したのは神尾からだ。
「ほらよ。またお前の負けだ」
「………っ…、どうなってるんだよさっきから…!」
「どうもこうもねえよ…」
いい加減にしとけと跡部も機嫌のあまりよくなさそうな顔で言った。
もう何回くらいこの勝負を繰り返しているのか。
ことごとく最後の一枚を引くのは神尾だった。
「お前な……俺の家に泊まっていくくらいの事で、毎回駄々こねるんじゃねえよ」
往生際の悪い、と些か乱暴な口調で言った跡部の真向かいで神尾は赤くなった。
「……、…っ……そーゆー軽い問題じゃねーんだよ、俺にとってはっ」
「至れり尽くせり、上にも下にもおかないようなおもてなしを、俺様が直々にやってやってんだろ。何が不満だ」
「そん、…」
「違うってのか?」
「ちが…、てゆーか、そーゆーことを言ってんじゃねーんだよ……っ…」
真顔で、機嫌悪く、言う事だろうか。
そんな綺麗な顔で。
えらそうな態度で。
「………っ……」
神尾はいい加減熱くなってきた顔を伏せて、跡部を見ないようにした。
見たくないんじゃなくて、見られたくないのだ。
どれだけ赤いのかと、尋常でなく熱い自分自身の顔を思って神尾は頭を抱え込みたくなった。
「神尾」
「………泊まると……」
「……………」
「一緒に寝るじゃんか…」
「当たり前だろ」
神尾が必死の思いで言った言葉を、跡部は何を今更といった口ぶりで、即答肯定である。
ぐっと言葉を詰まらせた神尾は、透明なガラステーブルの天板の下から、跡部の手が伸びてきたのを見た。
手を、握られた。
「………、……」
「まさかそれが嫌だからって言うんじゃねえだろうな」
「…………い、…やとかじゃなくて……!」
跡部の声はそっけないくらいだったのだが、テーブルの下で跡部の手に握りこまれている指先が感じた力加減が不思議にぎこちなく思えて。
神尾は顔を伏せたまま口をひらいた。
「いやとかじゃなくて、ただ、跡部と一緒に眠るのとか」
「無理だの嫌だの今更言うんじゃねえぞ。さんざ寝こけといて」
「寝こけ……、」
「すかーっと、ガキみてえなツラして散々人の腕ん中で寝ておいて今更何だってんだよ」
跡部の語気が次第にきつくなる。
跡部の声が、からかうような言葉とは不釣合いになっていく。
「………………」
握り込まれている指先から、跡部が苛立ちが伝わってきて、神尾は、そっと跡部の手を握り返した。
「…………この間はじめて跡部が眠ってる時の顔見たんだってば……!」
「…ああ?」
「心臓止まるかと思ったんだよ…っ」
泣きそうにも、なった。
うまく言えない。
きっと跡部には伝えられない。
でも、怖いくらいに隙のない、整いきった面立ちの跡部が、神尾を片腕で抱きこみながら、深い、深い眠りに落ちている表情は。
静かで、綺麗で。
愛しかった。
心臓が止まりそうなくらい、泣いてしまいそうなくらい、神尾は。
「………跡部が…、…」
嫌だとか、見たくないだとか、そういう事ではなくて、跡部の、寛いで、穏やかな、眠りに沈むあの表情を思い出すだけで。
好きが膨れ上がって神尾はおかしくなりそうだった。
「バァカ。寝顔ごときでびびってんじゃねえよ」
跡部の指先が神尾の手首をゆるく撫でる。
手の甲を擦る。
ゆっくりと。
「………跡…部…」
優しい。
仕草だ。
「……泊まっていけ」
「………………」
「お前の心臓止まらねえように、夜中に目が覚めるなんて事ないくらい、してやるから」
「し……!」
びびるな、と駄目押しされた跡部の言葉も耳に入らないくらい、神尾は硬直した。
「して…って…!…」
「本当に慣れねえな…お前」
忍び笑う跡部に。
テーブルの下。
両手を握り取られる。
つながれた、両手。
羞恥心もそれでいよいよ限界に近い。
「いいな。神尾」
低くひそめた跡部の声に。
跡部と繋いだ、この手が無ければ。
神尾はこのまま倒れ伏してしまいそうだと思った。
そして実際跡部の言うように、することもしたわけなのだが。
その延長で延々睦みあうようにベッドの中で話を続けている中、神尾は跡部にコインの最後の一枚を引かない方法を教えられた。
「要は自分が取った後に残っている数が五なら絶対勝てるんだよ」
「……五?」
「相手が一枚取ろうが二枚取ろうが三枚取ろうが、最後の一枚引かせられるだろ。残り枚数が五ならな」
睡魔も手伝っていた。
神尾は跡部の説明を聞きながら。
小銭など無いベッドの中で、跡部の手に触れてそれを確かめる。
指の長い片手にそっと手を伸ばし、神尾はコインに見立てて跡部の指を握りこんでは試す。
「……ほんとだ……」
「………お前な」
「…ぇ……?……」
呻くような跡部の声を、聞いた気がしたが。
神尾は、結局、眠気に負けた。
跡部の指を両手に握りこんだまま。
もう、目が開かない。
「………ったく…どっちがだ」
心臓が、なんとかとか。
跡部が言っていたような気がしたが。
眠りに落ちていく神尾には、もう、確かめる術はない。
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