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How did you feel at your first kiss?
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 SOSなんていう件名で、本文は「今日暇か」という一文。
 何事かと呆れてみせたいところではあるが、内心結構慌てて海堂は乾に電話をした。
 受話器越しの乾の声は、低音なのは普段と変わらず、別段焦った風もない。
 しかし一刻を争うかもしれない提案をしてきた。
「海堂。今晩花見に行かないか」
「…………花見…っすか?」
「いきなりここまで暖かくなるとは思ってなくて急で悪いが。あ、ちなみに人混みではない」
 なかなか咲かないと言われていた今年の桜が魔法のように花開いたのは、気温が前日に比べていきなり十度も上がった昨日の事だ。
 世の中一斉に花見。
 どこの名所も相当な人入りだと、昨日からニュースが伝えていた。
 そんな中で人混みでない花見など出来るのかと危ぶみながら、海堂はその日。
 毎晩恒例のロードワークを早めに切り上げ、いったん自宅に戻ってから電話で乾に言われた通り彼の家であるマンションへと向かったのだった。



 そこに人の姿は全くなかった。
「見下ろす桜っていうのも悪くないと思うんだけど」
 どうだ?と乾に問いかけられた海堂は、頷きながら、尚も桜も見つめる。
 眼下に。
「………………」
 どこに出かけるのかと思ってみれば、乾に連れて来られたのはマンションの屋上だった。
 非常口の扉を開けて、脚を踏み入れた螺旋階段。
 真下の駐輪場を見下ろせば、そこには数本の桜の樹があった。
 大きな枝ぶりで、足元に広がるように桜の花が咲き乱れている。
 風のよく通る螺旋階段に座り込んで。
 夜桜を見下ろすのは、海堂が初めてするやり方だった。
「ほうじ茶とかいれてみたけど」
「………………」
 ステンレスのポットを見せられて、海堂は一層俯いた。
 笑う。
 声はたてないし、顔も見えないだろうけれど、肩の微量な震えで気づいたらしく、乾の声にも笑みが交じる。
「なに。笑って」
「…………確かに笑える立場じゃないんですけど」
「ん?」
 これ、と海堂は持っていた紙袋を手渡した。
 笑みの余韻が微かに残る海堂の表情を、乾が僅かに目を細めて見ている。
「母親に持たされたんで」
「お重だ。凄いな。もしかしてお花見弁当?」
「……小さめの器ではあるんですけど…こんな時間に三段食えますか」
「当然」
 海堂の母親は料理がうまい。
 加えてマメで、季節感を大切にする。
 お花見にはお重のお弁当ですと言ったかと思うと。
 あっという間に気恥ずかしいくらい春らしいお花見弁当を作って、海堂に持たせたのである。
 海堂の母親は、乾の事をすこぶるよく気に入っている。
「あんたの名前出したらこうなった」
「感謝だなあ。……お、箸は一組か」
「……は?」
「何から何まで有難い」
 気を使って頂いてるなあと乾が笑い、マジか?と海堂は思わず呟く。
 そして本当に箸が一組しかないのを見て、がっくり肩を落とした。
 他意があるのかないのか、我が親ながら図りかねると海堂は思った。
 酢ばすやスモークサーモンの手毬寿司、白坂昆布の茶巾寿司など手でつまめるものはともかく、う巻き卵や巻き蒸し南蛮などは、面白がる乾に促されるまま口を開けて食べさせられたりもしたものだから。
 アルコールなんて当然ない花見であるのに。
 海堂は、何だか酔っ払ったような気分にさせられてしまった。
 こんな所で何をしてるんだかというような思いは、見下ろす眼下の桜の前では意味を成さない気もした。
「……俺が桜を好きなのも、データ収集済みだったんですか」
「聞こうと思って呼んだんだ。まだ予想の段階だったから」
「………俺の事で知らねーことないだろ。あんた」
「まさか」
 指についたご飯粒を歯で噛んで乾は笑った。
 ちょうど同じ仕草をしようとしていた海堂は、ふと思いとどまってしまって。
 その一瞬をぬって乾が海堂の手首を掴んだ。
 海堂の指先の一粒を、乾はあっさり食べてしまった。
「な、……」
「花見の席の無礼講って事でよろしく」
「意味わかんねえ……!」
「海堂、桜並みに綺麗な色だな」
「は?……、…」
 乾は笑っていた筈なのに。
 今、海堂の目の前に、あっという間に近づいてきていた乾の顔は真顔で。
 眼鏡の隙間から垣間見える切れ長の目の強さにも息をのむ。
 乾の言葉の通りならば、赤くなっているらしい海堂の頬を、するりと固い指先がなぞってくる。
 散り初めの、桜の花びらくらいのキスに、唇を掠めとられる。
「海堂」
「……………」
 唇が。
 離れていく時に視線が重なって。
「……………」
 今度は首筋にキスをうずめられた。
 痛みというのも憚られる儚さで肌が震えて。
 多分、そこに痕をつけられた。
「………乾先輩」
 海堂の首筋に顔を埋めたまま、ごめんと応えてくる声はやわらかくて。
 性懲りも無く海堂の耳元の下あたりに唇を寄せてくる乾を、しかし押しのける気は沸き起こらず。
 海堂は乾の髪に指を差し入れた。
 喉元への口付けを自ら受諾している姿勢も。
 桜に酔いでもしたか、今は構わない気がした。
 海堂は、ゆっくりと息を吸い込む。
 春の闇の匂い。
「……………」
 乾に背を抱かれて。
 螺旋階段の鉄パイプに身体を押さえつけられて。
 唇と唇とが重なる。
「……………」
 生々しい欲には直結しない、けれども丁寧なキスの繰り返しは。
 満開の。
 零れ落ちんばかりの、桜のようだと海堂は空ろに思う。

 桜と空との狭間で。
 キスは深く、なっていった。
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