How did you feel at your first kiss?
今年は桜の開花が遅い。
四月に入って、本格的に愛でる事が出来る春の花は、まだ桃だ。
「桃で花見ですか? 宍戸さん」
鳳の胸元くらいの高さのブロック塀に宍戸は座っていて。
空を仰ぐようにして桃の花を見ていた。
傾斜の激しい坂道の途中にある公園は、敷地の外と中とで高低差が激しい。
待ち合わせたのは公園の敷地内だったが、上り坂の途中で塀の上の宍戸に気づいた鳳が。
そう声をかけると、宍戸は容易くバランスを変えて、鳳のいる坂の方へ向き直った。
塀を跨ぐようにして座ったまま。
すんなりと伸びた脚が軽やかに鳳の視界に向けて落とされた。
「危ないですって……!」
「なあ、長太郎」
鳳の生真面目な意見など軽く流して、宍戸が奔放な笑みを向けてくる。
腹が立つどころか見事なまでに見惚れて。
普段とは違う、高い位置にある宍戸を鳳は見つめ返した。
塀に両手をついて、僅かに上体を鳳へと屈ませてきた宍戸の首筋がひどく細く思える。
春先の陽気につられて、ラフで柔らかい素材のシャツを着ているせいだとふと気づく。
「口開けろ」
「……は?」
宍戸の指先が鳳の顎へと触れて。
指先ですくうようにして、軽く上向かせてくる仕草に逆らわないままで。
しかし鳳は慌てた。
「宍戸さん?」
「いいから開けろ」
「……………」
怪訝に思うものの追従を許されず、結局鳳は大人しく従った。
宍戸に望まれる事を、拒まないのは鳳の習性でもある。
「……………」
「……あの…?……宍戸さん?」
ゆっくり近づいて来る宍戸の小さな顔と、強すぎる程の眼差し。
鳳の顎にかけられた指先の感触。
宍戸の背後に咲いている濃いピンク色の花が時折鳳の視界を掠るように現れて見えた。
「桃は、神話で沈黙の神に捧げられた花なんだってよ。桃の葉が人間の舌の形に似てるからとかで。ここで花見てたらそんなこと思い出してな」
見てみた、と言って。
何の邪気もなく笑顔を浮かべた宍戸に、口を開けさせられて自らの舌を見られていた事を鳳は知って。
微苦笑で応える。
「で、同じ形してました?」
「わかんね」
元々忍足の言ってる事だからそのへんも判らねえよと宍戸は言って。
するりと、指先で鳳の頬を軽く掠めて手を引いた。
そんな宍戸を見上げながら、鳳はびっくりしたと声にして笑った。
「何がだ?」
「今日エイプリールフールです。宍戸さん」
「………あ?」
「キスでもしてやるって、宍戸さんに担がれるのかと思った」
「……してやった事ねえみたいな言い方すんな」
「何度貰っても特別なんですよ」
貰っても。
奪っても。
「宍戸さんの事も、宍戸さんとする事も、俺にはみんな特別です」
「………お前な……エイプリールフールなんて日に、そういうこと真面目なツラして言うんじゃねえよ…」
「疑わないで下さいね」
そう、お願いをすれば。
「アホ」
呆れ返った顔をして、宍戸が塀から飛び降りてくる。
鳳の手元に。
散り初めの花弁のように。
「……………」
綺麗で、しかしその人は儚くはない。
しっかりと、強く、ここに存在している。
思わず差し伸べた腕で軽く宍戸を抱きこんで、鳳は目立たぬように宍戸の耳元へキスをした。
「……おい」
「はい?」
「もっと派手にやったっていいんじゃねえのか?」
「……宍戸さん?」
鳳が予想もしていなかった言葉が宍戸の唇からもれる。
「もし誰かに見られて騒ぎになったら、エイプリールフールの一環です、とでも言や良いんだろ」
そう告げて笑う宍戸の顔に。
鳳も同類の表情を近づけていく。
隠れ蓑に使うのは嘘をつく日だという慣わし。
気持ちには、一点の曇りも嘘もなく。
交わすキスに、春の風すらも入り込む余地はなかった。
四月に入って、本格的に愛でる事が出来る春の花は、まだ桃だ。
「桃で花見ですか? 宍戸さん」
鳳の胸元くらいの高さのブロック塀に宍戸は座っていて。
空を仰ぐようにして桃の花を見ていた。
傾斜の激しい坂道の途中にある公園は、敷地の外と中とで高低差が激しい。
待ち合わせたのは公園の敷地内だったが、上り坂の途中で塀の上の宍戸に気づいた鳳が。
そう声をかけると、宍戸は容易くバランスを変えて、鳳のいる坂の方へ向き直った。
塀を跨ぐようにして座ったまま。
すんなりと伸びた脚が軽やかに鳳の視界に向けて落とされた。
「危ないですって……!」
「なあ、長太郎」
鳳の生真面目な意見など軽く流して、宍戸が奔放な笑みを向けてくる。
腹が立つどころか見事なまでに見惚れて。
普段とは違う、高い位置にある宍戸を鳳は見つめ返した。
塀に両手をついて、僅かに上体を鳳へと屈ませてきた宍戸の首筋がひどく細く思える。
春先の陽気につられて、ラフで柔らかい素材のシャツを着ているせいだとふと気づく。
「口開けろ」
「……は?」
宍戸の指先が鳳の顎へと触れて。
指先ですくうようにして、軽く上向かせてくる仕草に逆らわないままで。
しかし鳳は慌てた。
「宍戸さん?」
「いいから開けろ」
「……………」
怪訝に思うものの追従を許されず、結局鳳は大人しく従った。
宍戸に望まれる事を、拒まないのは鳳の習性でもある。
「……………」
「……あの…?……宍戸さん?」
ゆっくり近づいて来る宍戸の小さな顔と、強すぎる程の眼差し。
鳳の顎にかけられた指先の感触。
宍戸の背後に咲いている濃いピンク色の花が時折鳳の視界を掠るように現れて見えた。
「桃は、神話で沈黙の神に捧げられた花なんだってよ。桃の葉が人間の舌の形に似てるからとかで。ここで花見てたらそんなこと思い出してな」
見てみた、と言って。
何の邪気もなく笑顔を浮かべた宍戸に、口を開けさせられて自らの舌を見られていた事を鳳は知って。
微苦笑で応える。
「で、同じ形してました?」
「わかんね」
元々忍足の言ってる事だからそのへんも判らねえよと宍戸は言って。
するりと、指先で鳳の頬を軽く掠めて手を引いた。
そんな宍戸を見上げながら、鳳はびっくりしたと声にして笑った。
「何がだ?」
「今日エイプリールフールです。宍戸さん」
「………あ?」
「キスでもしてやるって、宍戸さんに担がれるのかと思った」
「……してやった事ねえみたいな言い方すんな」
「何度貰っても特別なんですよ」
貰っても。
奪っても。
「宍戸さんの事も、宍戸さんとする事も、俺にはみんな特別です」
「………お前な……エイプリールフールなんて日に、そういうこと真面目なツラして言うんじゃねえよ…」
「疑わないで下さいね」
そう、お願いをすれば。
「アホ」
呆れ返った顔をして、宍戸が塀から飛び降りてくる。
鳳の手元に。
散り初めの花弁のように。
「……………」
綺麗で、しかしその人は儚くはない。
しっかりと、強く、ここに存在している。
思わず差し伸べた腕で軽く宍戸を抱きこんで、鳳は目立たぬように宍戸の耳元へキスをした。
「……おい」
「はい?」
「もっと派手にやったっていいんじゃねえのか?」
「……宍戸さん?」
鳳が予想もしていなかった言葉が宍戸の唇からもれる。
「もし誰かに見られて騒ぎになったら、エイプリールフールの一環です、とでも言や良いんだろ」
そう告げて笑う宍戸の顔に。
鳳も同類の表情を近づけていく。
隠れ蓑に使うのは嘘をつく日だという慣わし。
気持ちには、一点の曇りも嘘もなく。
交わすキスに、春の風すらも入り込む余地はなかった。
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