How did you feel at your first kiss?
春先、空気は大分ぬるまった。
川の水は、まだ冷たい。
「海堂。一度出ておいで」
川べりに座り込んでノートを広げ、あれこれと書きつけていた乾に呼びかけられる。
川の中に脚を浸して。
今でも時々手ぬぐいを振るうこのトレーニングをしている海堂は、乾にそう言われて動きを止めた。
はじける水音が止んで、反射していた水面のきらめきが密やかに落ち着いた。
海堂が浅瀬から川べりに上がっていくと、乾がまだノートに書き物をしながら空いた手で海堂を手招きしてきた。
「……………」
言われるまま海堂が乾の横に腰を下ろす。
乾はノートを地面に置いて、タオルとスポーツドリンクを手渡してきた。
海堂がそれらを受け取る際に、体温でも確かめるみたいに、乾の手が海堂の頬や首筋に軽く触れてくる。
「……………」
家族でもない誰かに、そんな風に触れられた事などなかった海堂も。
不思議と、乾には最初から抵抗感を持たずにいられた。
身体のどこかが自然と触れている距離。
こんなに距離感の近しい相手は海堂にとって乾だけだった。
「いい天気だなあ……」
のんびりとした言い方で。
乾が座ったまま頭上の空を仰ぎ見ている。
その横で、海堂も、仄かに体感出来る様になった暖かさを神経で追う。
「海堂、桜好きか?」
「……好きっすよ」
乾の問いかけは、いきなりである事が多いから。
最初の頃は何でそんな事を聞くのかとか、あんたに関係ないだろうだとか、あれこれ思ったものだが。
今ではそれも気にならなくなった。
尋ねられたことへの訳など聞くより、乾とならば、会話を進めてしまいたくなったのだ。
今も、突然に桜の話など振ってこられた訳だが、確かに今日ほどの暖かさならば、もう、その花の事を考えても充分だろうと海堂は思った。
「日本の花だよな。俺も好きなんだが……この河原には生えてなくて良かったな」
「……………」
それはどういう意味かと視線で乾を伺った海堂に、乾は近頃一層大人びてきた笑みを向けてきた。
元々から優しいところのある男だけれど。
そんな風に微笑まれると、もっと優しくなっていくようで。
何だか怖いくらいだなんて事を思わされてしまう。
「ここに桜が咲いてたら」
「……………」
「きっと見物人で賑わうだろ?」
話しながら。
ゆっくりと、近づいてくる乾の顔。
低い声を紡ぐ口元を、ぼんやりと海堂は見つめた。
「そうしたら、こんな風に海堂とのんびり出来ないし」
「……………」
「二人でこうも、していられない」
「……………」
散り初めの桜の花弁が、地面に落ちるように。
乾の唇が海堂の唇を掠めた。
さらさらと、微かに聞こえる川面の水の流れが、一瞬だけ途絶えた。
唇と唇が触れていた一瞬の間だけ。
「海堂」
小さく啄ばむようなキスが、頬と、耳の縁にも。
海堂は目を閉じてそれを受ける。
「……………」
目を閉じても瞼の残像で残るような晴天。
明るい光。
さらさらと、水の流れと同じ音をたてるのは乾の手に撫で付けられる海堂自身の髪の音だ。
双瞳を閉ざした海堂の、何もない筈の眼下に。
静かに、次々と、散り始めた桜の花弁。
散り零れていく桜の花のように、乾からのキスが幾重にも幾重にも折り重なるように、海堂の唇にあたって、頬を掠って、首筋に忍び入ってくる。
「……先輩……」
「…………ん。…もう少しな…?」
「……………」
請われるような言葉は。
桜の後の青嵐のように海堂へと吹きすさび、穏やかでありつつも乱された余韻を引きずりながら海堂は乾のキスを唇の感覚のみで追う。
海堂の脳裏に在るのは、淡く繊細な花弁が寄り集まって、とろけるように咲く桜の花。
そして、その花弁のようなキスを重ねてくる、この男のことだけだ。
ひっきりなしに海堂を掠っていく乾からのキス。
終わりたくないキスを、今海堂は、乾で知った。
川の水は、まだ冷たい。
「海堂。一度出ておいで」
川べりに座り込んでノートを広げ、あれこれと書きつけていた乾に呼びかけられる。
川の中に脚を浸して。
今でも時々手ぬぐいを振るうこのトレーニングをしている海堂は、乾にそう言われて動きを止めた。
はじける水音が止んで、反射していた水面のきらめきが密やかに落ち着いた。
海堂が浅瀬から川べりに上がっていくと、乾がまだノートに書き物をしながら空いた手で海堂を手招きしてきた。
「……………」
言われるまま海堂が乾の横に腰を下ろす。
乾はノートを地面に置いて、タオルとスポーツドリンクを手渡してきた。
海堂がそれらを受け取る際に、体温でも確かめるみたいに、乾の手が海堂の頬や首筋に軽く触れてくる。
「……………」
家族でもない誰かに、そんな風に触れられた事などなかった海堂も。
不思議と、乾には最初から抵抗感を持たずにいられた。
身体のどこかが自然と触れている距離。
こんなに距離感の近しい相手は海堂にとって乾だけだった。
「いい天気だなあ……」
のんびりとした言い方で。
乾が座ったまま頭上の空を仰ぎ見ている。
その横で、海堂も、仄かに体感出来る様になった暖かさを神経で追う。
「海堂、桜好きか?」
「……好きっすよ」
乾の問いかけは、いきなりである事が多いから。
最初の頃は何でそんな事を聞くのかとか、あんたに関係ないだろうだとか、あれこれ思ったものだが。
今ではそれも気にならなくなった。
尋ねられたことへの訳など聞くより、乾とならば、会話を進めてしまいたくなったのだ。
今も、突然に桜の話など振ってこられた訳だが、確かに今日ほどの暖かさならば、もう、その花の事を考えても充分だろうと海堂は思った。
「日本の花だよな。俺も好きなんだが……この河原には生えてなくて良かったな」
「……………」
それはどういう意味かと視線で乾を伺った海堂に、乾は近頃一層大人びてきた笑みを向けてきた。
元々から優しいところのある男だけれど。
そんな風に微笑まれると、もっと優しくなっていくようで。
何だか怖いくらいだなんて事を思わされてしまう。
「ここに桜が咲いてたら」
「……………」
「きっと見物人で賑わうだろ?」
話しながら。
ゆっくりと、近づいてくる乾の顔。
低い声を紡ぐ口元を、ぼんやりと海堂は見つめた。
「そうしたら、こんな風に海堂とのんびり出来ないし」
「……………」
「二人でこうも、していられない」
「……………」
散り初めの桜の花弁が、地面に落ちるように。
乾の唇が海堂の唇を掠めた。
さらさらと、微かに聞こえる川面の水の流れが、一瞬だけ途絶えた。
唇と唇が触れていた一瞬の間だけ。
「海堂」
小さく啄ばむようなキスが、頬と、耳の縁にも。
海堂は目を閉じてそれを受ける。
「……………」
目を閉じても瞼の残像で残るような晴天。
明るい光。
さらさらと、水の流れと同じ音をたてるのは乾の手に撫で付けられる海堂自身の髪の音だ。
双瞳を閉ざした海堂の、何もない筈の眼下に。
静かに、次々と、散り始めた桜の花弁。
散り零れていく桜の花のように、乾からのキスが幾重にも幾重にも折り重なるように、海堂の唇にあたって、頬を掠って、首筋に忍び入ってくる。
「……先輩……」
「…………ん。…もう少しな…?」
「……………」
請われるような言葉は。
桜の後の青嵐のように海堂へと吹きすさび、穏やかでありつつも乱された余韻を引きずりながら海堂は乾のキスを唇の感覚のみで追う。
海堂の脳裏に在るのは、淡く繊細な花弁が寄り集まって、とろけるように咲く桜の花。
そして、その花弁のようなキスを重ねてくる、この男のことだけだ。
ひっきりなしに海堂を掠っていく乾からのキス。
終わりたくないキスを、今海堂は、乾で知った。
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