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How did you feel at your first kiss?
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 今夜から雪が降るらしい。
 海堂の日課である所の夜のマラソンを、だからといって止めようとは思わなかったが、それでも海堂なりに状況に応じようという心積もりはあったのだ。
 いつもより距離を減らして切り上げてくるくらいは海堂にだって出来る。
 それなのに。
「海堂」
「……………」
 海堂の家の前に乾がいた。
 学校には着てこない冬のコートがますます乾の年齢を読めなくする。
「……何してるんっすか」
「今日は夜ランは中止」
「あんたまさかそれだけを言いにわざわざここまで来たのかよ…」
「メールじゃ読まないかもしれないだろ」
「………だからって」
 乾は決して暇な男ではない。
 むしろ多忙を極めている。
 それなのに何故自分のトレーニングを止める為だけにわざわざ足を運んできたのかと、海堂は目を据わらせて凄んだ。
「そんな顔しても駄目。寒い時は怪我をしやすいんだから」
「ストレッチならいつも以上にしますけど」
「いくら入念にやっても今日は寒すぎる。風邪ひいたらどうするんだ」
「………あんたじゃあるまいし。俺は風邪なんかひかねーっすよ」
「ひどいなあ」
 引かない海堂をどう見たのか。
 乾は不意に唇の端を引き上げるようにして、意味ありげな笑みを浮かべた。
「判った。じゃあ、海堂」
「……何っすか」
「三キロくらいは走らせてあげるから、おいで」
「は?……」
「ベッドの上でもそれくらいは走れるよ」
 走らせてあげる、と囁いた乾の声は。
 うんざりするほど美声だ。
 低くて、甘い。
「………っ……」
 手首を握られた。
 痛くはないが、外せない。
 海堂は何とも上機嫌に見える乾を見据えて、薄ら寒い思いを味わった。
「……、……先輩……」
「だからそういう顔もしないの。海堂」
 俺が脅してるみたいだろ?と笑う乾に海堂はいよいよ動揺した。
「や、……先輩。俺、今日走んの、止めるんで」
「うん。それがいいよ」
「あの…手を」
「逃げないなら離してあげる」
「……………」
 乾が。
 笑っているその表情ほど、余裕がある訳ではないらしいと気づいて海堂は、ひどく落ち着かない気持ちになった。
 そういえばこうして二人で会うのも久しぶりだ。
 青春学園の高等部への進学を決めたら決めたで、乾はいっそ受験期よりも忙しそうで。
 海堂は海堂で、そんな乾にどこか遠慮をしてしまっていて。
 元々積極的に人と交流するタイプではない海堂は、乾が落ち着くまではと思って、特に何のリアクションもとっていなかった。
 乾は痺れをきらしたのかもしれない。
 飄々としているようだけれど、握り込まれた手首は相当力が込められている。
「乾先輩」
「ん?」
「先輩も…走りたいっすか」
 真直ぐに乾を見上げて言った海堂に。
 乾は生真面目に頷いた。
「ああ」
「……………」
「走りたい」
「どれくらい」
「うーん…三キロくらい」
「本当は?」
「四.五キロくらい」
 言いながら笑う乾の即答は、多分に本音だろう。
 乾の手から伝わってくる体温と、笑いの振動。
 恥ずかしいのか。
 おかしいのか。
 判らなくなってきた。
 そう思って海堂は長く息を吐き出した。
「……その溜息の意味は何?」
 乾の笑いが深くなる。
 腕の力が強くなる。
 高揚感を自覚した。
 久しぶりに会って、嬉しがっているのだ。
 自分たちは、お互いに。

 四.五キロは、どこで走ろう。
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