How did you feel at your first kiss?
多分随分遠くの方から名前を呼ばれたと思うのだが、その声ははっきりと、鳳に一番心地言い音で耳に届いた。
「長太郎!」
その声のする方を鳳が無意識に振り仰げば、校舎の四階の窓から宍戸が腕と顔とを出していた。
「宍戸さん」
目が合って。
よう、と少し緩んだ表情の宍戸は、鳳よりも、ずっとずっと高い所で。
空に、とても近い所で。
明るい日差しを一身に背に負うようにして笑顔を浮かべた。
笑わない人ではないのに、彼の笑顔を見るたび言葉が詰まる。
「……………」
鳳は片手を顔に翳して宍戸を見上げた。
そこに居るのは何も飾らない人。
どんな飾りよりも、もっとすごい特別なものを持っていて、容易く人目を集めてしまえる人。
厳しくて、優しくて、傷だらけの綺麗な人。
「長太郎。お前さ、学生証どうした?」
「はい?」
「学生証」
快活な話し方で言いながら宍戸が手に持ったものを軽く動かして見せる。
遠目にもそれが何か判って、鳳は、あ、と声に出した。
「もしかしてそれ俺のですか?」
「俺が拾うなんていう器用な落とし方すんなよ」
宍戸は笑っているが、鳳は、これはもう自分の才能かもしれないと結構真剣に考えた。
そういう落し物の仕方を出来る自分に、いっそ感心したくもなる。
「おい、投げるぜ。落とすなよ」
宍戸の腕が動いた。
「………………」
動きと一緒に日に透けて、シルエットのぼやけた細い腕が蓄えている、しなやかで強靭な強さを、鳳は残像の中で見上げる。
「………………」
ゆるい弧をえがいて、後はひたすら下降して。
落ちてくる学生証。
宍戸の手から、それは見惚れる程の的確さで、鳳の手の中に落ちてきた。
「………………」
思わず吹いた鳳の口笛が聞こえた訳もないだろうに、宍戸は一層おかしげに笑って言った。
「お前じゃこうはいかねーな」
「……反論はしませんけどね」
自分のノーコンっぷりは自覚もしている事だから、鳳は軽く肩を竦めて苦笑したのだが。
その代わりと言っては何だが、自分の恋愛感情の行き先は、正確すぎるほどのコントロールなんだろうなと思って自惚れてみる。
向ける先は、伝われと鳳が願うたった一人の相手にだけだ。
「宍戸さん」
「何だよ」
「ありがとうございます」
学生証を持ち上げて。
宍戸を見上げて。
鳳は微笑んだ。
「大好きです」
「…………大袈裟な奴だな」
完全に面食らったような沈黙の後の、怒ったような顔で呟く、多分照れているであろう年上の人。
焦がれ、請うるように、欲しいと鳳が思うただひとりの人。
「宍戸さん」
「………………」
鳳の気持ちはほんの少しの狂いもなく、まっすぐに宍戸へ向く。
尚も、高い所にいる宍戸を見上げて、鳳は笑みを深めた。
手を伸ばしても到底届かない、この距離がもどかしくもあるが。
鳳の元へと舞い降りてくるのと同等の宍戸の眼差しを受け止めれば、鳳の焦れたもどかしさも自然と溶け出す。
今、鳳の手の届かない、高い所にいるその人に。
羽はないけれど。
地上であれば一瞬で、誰よりも早く鳳の元へと踏み込んで来られる人だ。
「……おーい。男前」
そのツラで何よからぬこと考えてんだ、と全てお見通しの聡い人。
「宍戸さんに羽が生えてない」
「はあ?」
「生えてても何にもおかしくないのにね。綺麗で。でも、脚があるからいいかなって。綺麗で早くて強い脚」
「でっけー声で馬鹿言ってんじゃねーよ…!」
珍しく真っ赤になって、宍戸が鳳を怒鳴ってきた。
そこで待ってろ!とも怒鳴られた。
「降りて来てくれるのかな…」
それが嬉しいので。
鳳は、もう誰の姿も無い校舎の窓を見上げたまま、柔らかく微笑した。
「長太郎!」
その声のする方を鳳が無意識に振り仰げば、校舎の四階の窓から宍戸が腕と顔とを出していた。
「宍戸さん」
目が合って。
よう、と少し緩んだ表情の宍戸は、鳳よりも、ずっとずっと高い所で。
空に、とても近い所で。
明るい日差しを一身に背に負うようにして笑顔を浮かべた。
笑わない人ではないのに、彼の笑顔を見るたび言葉が詰まる。
「……………」
鳳は片手を顔に翳して宍戸を見上げた。
そこに居るのは何も飾らない人。
どんな飾りよりも、もっとすごい特別なものを持っていて、容易く人目を集めてしまえる人。
厳しくて、優しくて、傷だらけの綺麗な人。
「長太郎。お前さ、学生証どうした?」
「はい?」
「学生証」
快活な話し方で言いながら宍戸が手に持ったものを軽く動かして見せる。
遠目にもそれが何か判って、鳳は、あ、と声に出した。
「もしかしてそれ俺のですか?」
「俺が拾うなんていう器用な落とし方すんなよ」
宍戸は笑っているが、鳳は、これはもう自分の才能かもしれないと結構真剣に考えた。
そういう落し物の仕方を出来る自分に、いっそ感心したくもなる。
「おい、投げるぜ。落とすなよ」
宍戸の腕が動いた。
「………………」
動きと一緒に日に透けて、シルエットのぼやけた細い腕が蓄えている、しなやかで強靭な強さを、鳳は残像の中で見上げる。
「………………」
ゆるい弧をえがいて、後はひたすら下降して。
落ちてくる学生証。
宍戸の手から、それは見惚れる程の的確さで、鳳の手の中に落ちてきた。
「………………」
思わず吹いた鳳の口笛が聞こえた訳もないだろうに、宍戸は一層おかしげに笑って言った。
「お前じゃこうはいかねーな」
「……反論はしませんけどね」
自分のノーコンっぷりは自覚もしている事だから、鳳は軽く肩を竦めて苦笑したのだが。
その代わりと言っては何だが、自分の恋愛感情の行き先は、正確すぎるほどのコントロールなんだろうなと思って自惚れてみる。
向ける先は、伝われと鳳が願うたった一人の相手にだけだ。
「宍戸さん」
「何だよ」
「ありがとうございます」
学生証を持ち上げて。
宍戸を見上げて。
鳳は微笑んだ。
「大好きです」
「…………大袈裟な奴だな」
完全に面食らったような沈黙の後の、怒ったような顔で呟く、多分照れているであろう年上の人。
焦がれ、請うるように、欲しいと鳳が思うただひとりの人。
「宍戸さん」
「………………」
鳳の気持ちはほんの少しの狂いもなく、まっすぐに宍戸へ向く。
尚も、高い所にいる宍戸を見上げて、鳳は笑みを深めた。
手を伸ばしても到底届かない、この距離がもどかしくもあるが。
鳳の元へと舞い降りてくるのと同等の宍戸の眼差しを受け止めれば、鳳の焦れたもどかしさも自然と溶け出す。
今、鳳の手の届かない、高い所にいるその人に。
羽はないけれど。
地上であれば一瞬で、誰よりも早く鳳の元へと踏み込んで来られる人だ。
「……おーい。男前」
そのツラで何よからぬこと考えてんだ、と全てお見通しの聡い人。
「宍戸さんに羽が生えてない」
「はあ?」
「生えてても何にもおかしくないのにね。綺麗で。でも、脚があるからいいかなって。綺麗で早くて強い脚」
「でっけー声で馬鹿言ってんじゃねーよ…!」
珍しく真っ赤になって、宍戸が鳳を怒鳴ってきた。
そこで待ってろ!とも怒鳴られた。
「降りて来てくれるのかな…」
それが嬉しいので。
鳳は、もう誰の姿も無い校舎の窓を見上げたまま、柔らかく微笑した。
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