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How did you feel at your first kiss?
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 筋肉の張った腕がゆったりと海堂に向けて伸ばされてきた。
「海堂。ちょっとそれ貸して」
「………………」
 部室で乾がねだってきたものは海堂のバンダナだった。
 まだ着替え途中だった海堂は、先に着替えを済ませていた乾が、コートに向かうでもなく部室内の長椅子に座っているなとは思っていたのだが、突然にそんな事を言われて、バンダナなんてどうするのかと怪訝に目で問いかける。
 ちょうどコートに出ようとしていた桃城が、乾先輩に何ガンくれてんだぁ?と大声を出すので、うるせえ!と怒鳴り返した海堂を。
 乾はといえば優しげな笑みを含んだ顔で見つめてくるばかりだ。
「貸して? 海堂」
「………どーぞ」
 どうせ着替え終わらなければ頭に巻くことも出来ない訳だから。
 海堂はバンダナを手にとった。
「桃の奴、おかしなこと言ってたな」
「……おかしなこと?」
 差し伸べられている乾の手に渡す直前に。
「お前がガンくれてるとかなんとかさ……」
 言われたことの意味が判んなくて、密かに困ってる時の、すごい可愛い顔なのにな、と乾が言うものだから。
 海堂は乾の手に手渡そうとしていたバンダナを、思わず乾に向けて投げつけてしまっていた。
「き、……気色悪いこと言うな…っ」
「なんで?」
 すごく気色いいよ?と乾は笑う。
「………っ……」
 どうせからかうなら、もっと判りやすくあからさまにからかってくれと、海堂は叫び出しそうになった。
 そんな、どう考えても不自然におかしなこと、とても言えやしないが。
 何故乾は真顔でそんな事を言ってのけるのかと、海堂は今度こそ本当に、力いっぱい乾の事を睨みつける。
「海堂。着替えないのか?」
「…………、…っ…あんたが邪魔してんだろ…!」
「海堂が遅刻したら、グラウンド10周の罰則には付き合うつもりだけど」
 優しい声が一層優しくなって。
 気づけば部室に誰もいないのをいい事に、乾の態度にますます衒いがなくなってくるのが海堂にも判る。
 これはもうさっさと着替えて部活に向かおうと海堂は猛スピードで着替えを済ませた。
 その間乾は海堂のバンダナを弄っていたようだが、海堂の身支度が済むと実にいいタイミングでバンダナを返してきた。
 しかしそのバンダナは。
「…………乾先輩」
「何だ?」
「……あんた……ガキの悪戯じゃあるまいし……」
 バンダナの端が結ばれていた。
 いつものように海堂が頭にそれを結ぶためには、解かなければならないしっかりとした結び目。
 呆れ返った海堂が、怒鳴る気力も無く自分のバンダナを手にして深い溜息を吐き出していると。
 ふわりと、海堂の後頭部に乾の手のひらが宛がわれる。
「……………」
 大きな手の感触。
 顔が上げられなくなる。
「……………」
 誰もいない部室とはいえ、ひどく大切そうに数回。
 乾の手に後頭部を撫でられて海堂は硬直する。
「恋の結び目って知ってるかい?」
「……………」
「昔、兵士に恋心を持った人は、兵士が身に着けてるスカーフに恋の結び目を結んで自分の気持ちを現した」
 いつの間にか乾は海堂の手からバンダナを奪っていて。
 端に固い結び目を作ったままの状態で、海堂の頭にそのバンダナを巻いた。
「……………」
 海堂は。
 好きだと、乾に言われる事になかなか慣れない。
 好きだと、乾に伝える事にもなかなか慣れない。
 嫌なわけでは勿論なくて。
 どうしていいのか、判らなくなるのだ。
 そんな海堂を慮ってか、乾はよく、好きだという言葉を使わないで、好きだと伝えてくる事がある。
 今みたいに。
「そろそろ行こうか」
「…先輩」
 そういう乾をとても好きだと海堂は思う。
「……………」
「海堂」
 そう、心で思えば。
 言葉にしなくても気づいてくれる乾に。
 海堂は、今は甘えることにする。
 そんなこと、乾に伝えた事は一度もないけれど。

 恋の結び目が結ばれたままのバンダナ。
 今日海堂が身につけている彼のトレードマークでもあるその代物に、どういう意味合いが込められているかとか。
 そのバンダナを外さずに、つけたままで、部活をする海堂の心情や。
 それを見つめる乾の心境も。
 誰も気づかないものだし、誰も知りえない事だけれど、概してそんな程度でいいのかもしれない。
 まずは何よりも当事者が。
 判っていなければ始まらない。

 恋愛は。
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