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How did you feel at your first kiss?
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 部活中、柔軟の最中、乾は開脚して前屈している海堂の横に屈んで問いかけた。
「何か悩み事?」
「………………」
 海堂の気配が尖る。
 それに構わずに、乾が長い足を折ってそこにしゃがんだままでいると、海堂は一度胸を完全に地面につけてから、ゆっくりと顔を起こしていく動きの流れで乾を見やってきた。
「………………」
 すこしバツの悪そうな顔をしている。
 乾がもしそれを口に出していたら、きっと近くにいる一年生トリオにまた、何故判ると騒がれたに違いない。
 乾の目にはこんなにも明らかである海堂の表情は、乾以外の人間には、どうにも判りづらいらしいので。
「どうした?」
 軽い口調で尚も乾が問いかければ、小さく息を零して、そして漸く海堂は答えてくる。
 膝を抱え込むようにして長身を屈ませている乾は、丁寧に相槌をうった。
「葉末が」
「うん」
「………四つ葉のクローバーを探してる」
「四つ葉のクローバー?」
「……そうッス」
 そこまで聞いて、乾は顎に、折り曲げた指の関節を当てて考えた。
 そして、ああ、と頷いた乾を。
 海堂は怪訝そうに見つめている。
「判った。いくら探しても四葉のクローバーが見つからないから、葉末くんはお兄ちゃんに相談してきたわけだ」
「………………」
 海堂が複雑そうに視線を反らしたので、乾は自分が正しく言い当てられた事を悟った。
「海堂、もしかして結構いろいろな所探してるだろ」
「………………」
「練習時間は……削らないだろうからな。起床時間を一時間ばかり早めた?」
「………ほんとは、変な力とか持ってんだろ。あんた」
「可愛いこと言うなあ。海堂は」
 乾があくまで真顔で言うと、海堂は首筋まで綺麗に赤く染まった。
「………、……っ……」
「まあまあ。そう怒らないでくれ。誰にも聞こえてないから」
 噛み付いてきそうな海堂がやはり可愛くて、乾は笑って話を代える。
「確かに四つ葉のクローバーを見つけるのは、なかなか大変な事だな。今は四つ葉のクローバーを花屋で売ってる時代だけれど、出来る事ならそんなんじゃなくて、偶然に見つけたいものだろうし」
「…………だから苦労してるんじゃないっすか」
「幸福の象徴だからね。有難みを考えれば、そう簡単に見つからない方がいいのかもしれないけどな。海堂は、どうして四つ葉のクローバーが、見つけると幸せになれるっていうか知ってるか?」
 知らねえと即答してきた海堂の言葉に被せて、乾は話を続けた。
「クローバーの葉には一枚ずつ意味があってね。三つ葉は、希望と信仰と愛情を意味している。その他の、もう一枚の葉に、幸福って意味がある」
 海堂の視線が再び乾の方に戻ってくる。
 きつい眼差しを浮かべる海堂の瞳は、至近距離から直視すると、虹彩の色が濃くて綺麗だった。
 白と黒のコントラストがくっきりとしている目で海堂は乾を見据えた。
「それなら、わざわざ四つ葉じゃなくてもいいんじゃないっすか」
「ん?」
「三つ葉の時に、もうそれだけのものがあれば、四枚目なんてなくても幸福じゃないですか」
「…成る程」
「…………何っすか…」
「いや、確かに。海堂といれば、イコール幸せだよな。わざわざ幸福だけ単品で欲しがる必要もない」
「……、…っ…な、に言ってんですか……!」
「まあまあ」
 すごく良い事教えてあげるから、と乾は海堂の耳元に唇を近づけた。
 あからさまな内緒話に、触れ合わなくても近い距離で、海堂の体温がふわりと上がったのが乾にはよく判った。
「いつものあの河原の、昨日俺が座ってた辺りの。左側にあったよ。四つ葉のクローバー」
「………は?」
「葉末くん連れて行ってきな。それとなく弟くんがあの辺りを探すようにお兄ちゃんは頑張って」
「…………マジっすか」
「こんな嘘つかないよ」
 笑う乾に、海堂は眉間を顰めた。
 機嫌が悪いのではなく、こういう顔の時は大抵何か大きな疑問を抱えている事が多い。
 他に質問は?と乾が笑みを滲ませたままの唇で問うと、案の定というべきか、海堂は眉間を歪ませたまま言った。
「………乾先輩だって、やっぱりそういう迷信みたいなのは信じてないんだって思っただけっす」
「何で?」
「……見つけても取らなかったんだろ」
 四つ葉のクローバー。
「ああ…それは目先の幸福に充分満ち足りていたわけだから」
「…………は?」
「は?じゃなくて」
 嗜めるような言い方をしたものの、乾はすこぶる機嫌よく笑った。
「昨日河原で、俺の目の前にいたのは、海堂、お前だけだろ」
 見つけたら幸せになれる四つ葉のクローバー。
 それより希少価値のある。
 それより大切な。
 それより実際、確実に幸せになれるもの。
 目を奪われて手を差し伸べたくなるのはどちらかなんて、今更言うまでもないだろう、乾はそう思う。
「海堂がいたから四つ葉のクローバーは俺に無下に摘まれる事なく葉末くんの元に行く。つまりお前自身が、幸せのお守りみたいなものだってことだよ」
「………っ、……恥ずかしいことベラベラ並べてんじゃねえ…っ!」
「恥ずかしがり屋だな。海堂は」
「ふざけんな……っ」
 海堂の怒鳴り声と、乾の笑い声と。
 交ざりあって消えていく先は、桜も終わった春の空へだ。
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