How did you feel at your first kiss?
宍戸の両腕には、大量のプリントが山のようになって、今にも雪崩を起こしそうにバランス悪く積まれている。
「宍戸ー……お前さ、もー少しそういうの考えて持てば?」
「俺じゃねえっての!」
渡り廊下で行き会った同級生の向日に露骨に呆れられて、宍戸は牙を剥いた。
このプリントはそっくりそのまま、今年新卒で氷帝にやってきた教師の忘れ物だった。
次の時間によそのクラスで使うらしいプリントを、宍戸のクラスの授業に一緒に持ってきてしまった挙句に忘れて帰っていった。
クラスメイトが面白がる中、呆れながらもそのプリントを抱えたのは宍戸だった。
すると、その新任教師がまだ年若い女性だった事もあって、クラスメイトはひやかしと悪ふざけでプリントの山を手にする宍戸に絡んできたものだからこの有様だ。
友人達を怒鳴りつけてさっさと教室を出てきた宍戸は、今更持ち直すのも面倒で、そのまま歩いていたところ、部活仲間の向日と鉢合わせしたのだ。
「……このへん突っついたら、絶対崩れ落ちそ…」
「アホ! やったら泣かす!」
「泣かねーもん!」
宍戸は、やたらとすばっしこい向日の事を今度は怒鳴りながら、そのちょっかいをかわしていく。
「あ」
「……、…くそ」
向日が口を開け、宍戸が毒づいた。
プリントは無事だ。
しかし。
「……あーあ…」
「あーあじゃねえ! アホ!」
「ダサー……」
「お前のせいだろうがっ」
高めの位置で結わえられていた宍戸の髪が、肩へ、背中へと、解けて落ちる。
髪をとめていたゴムが飛んで足元に落ちた。
「へえ…宍戸、髪伸びたなー」
「伸びたなーじゃねえっての…!」
いくら怒鳴っても、まるでこたえない向日に嘆息して、宍戸は面倒くせえとぼやいた。
その時だ。
渡り廊下から、中庭を歩く見知った顔を見つけたのだ。
「長太郎!」
飛びぬけた長身。
宍戸の一学年下である鳳は、宍戸にそう呼ばれるなり、すごいスピードで走ってきた。
「宍戸さん」
あっという間に宍戸と向日の前に立つ。
「教室移動ですか?」
お疲れ様です、と二人の先輩への目礼も欠かさない鳳の態度を、向日は腹を抱えて笑っている。
「鳳ー、お前そんなんだから犬とか言われんだぜ?」
人懐っこくて従順で、礼儀正しく微笑ましい。
そんな鳳への犬呼ばわりは、無論好意的な意味で成されているのだが、取り分け宍戸への殊勝ぶりは凄まじく、それはそれで恰好のひやかしの種だった。
「長太郎。そのへんにゴム落ちてっから、それで俺の髪結べ」
宍戸が顎で指し示した先を見て、鳳は渡り廊下に入ってきて、膝をついた。
ガラスの靴でも拾ったみたいにゴム取るなと向日がまた笑う。
なんですか?それは、と鳳は温厚な笑みで向日に応えながら、そっと宍戸の背後に回った。
プリントを持ったまま、宍戸が背後を振り返る。
目と目が合うと、はい、と鳳は頷いて。
微笑を深める。
「失礼します」
「……馬鹿丁寧にいいっての」
「でも断りも無しに宍戸さんの髪に触れません」
「あのな。なんかの祟りでもあるみたいじゃねーか」
「今、ここにいる人達に羨まれて、妬まれて、俺が闇討ちとか合う可能性ならありそうです」
鳳は終始穏やかに、そして丁寧に、宍戸の髪を結わえた。
「サンキュ」
再度鳳を背後に見やった宍戸の視界にいたのは、そのルックスの甘さを一層際立たせる甘い微笑に笑みを細めている鳳だ。
「…………なー…宍戸」
「何だよ」
気力を根こそぎ奪われたかのような態度の向日の声に。
宍戸は怪訝に眉根を寄せながら、呼びかけに応じて向き直る。
耳で聞いた通りの表情で、向日はがっくりと肩を落としていて、ただでさえ小さな体が尚一層小さく見える。
「お前、そんだけ懐かれて慕われたら、鳳のこと可愛くてしょうがねーだろ…?!」
「は? なに馬鹿なこと言ってんだ。お前」
心底呆れて言い捨てた宍戸の返事に、向日はといえば。
鳳に向けて叫び声を上げた。
「今の聞いたかよ鳳! お前がそんな風にして従順に従ってる宍戸はな、こういう、暴君、俺様二号なんだぞ!」
俺様一号の顔を思い浮かべた時だけ、三人の心は一つになったが、すぐにバラバラになった。
「いい加減お前も目ぇ覚ませ!」
「目覚ますのはお前だっての。岳人」
「喧嘩しないで下さいよ…二人とも…」
「誰の為に言ってやってると思ってんだ鳳!」
散々賑やかになってしまった騒ぎを、あっという間に沈下させたのは、プリントを届けるという目的を思い出した宍戸だった。
宍戸は、足早に駆け出して。
向日を追い越しざまに言った。
「別に懐かれなくたって、慕われなくったって、可愛いだろ。こいつは」
こいつは、と。
宍戸の目線に撫でられた鳳が、それこそとろけそうな笑みを浮かべたのを目の当たりにして。
あまりの恥ずかしさに赤くなったのは向日で。
彼は耐えかねたように、涙目で「ゆうしーーー!」と叫びながら宍戸とは逆方向へ走っていった。
右へ左へと散らばる三年生を見送った鳳は、春風にまかれたように目を細め、どうしようもなく幸せそうだった。
「宍戸ー……お前さ、もー少しそういうの考えて持てば?」
「俺じゃねえっての!」
渡り廊下で行き会った同級生の向日に露骨に呆れられて、宍戸は牙を剥いた。
このプリントはそっくりそのまま、今年新卒で氷帝にやってきた教師の忘れ物だった。
次の時間によそのクラスで使うらしいプリントを、宍戸のクラスの授業に一緒に持ってきてしまった挙句に忘れて帰っていった。
クラスメイトが面白がる中、呆れながらもそのプリントを抱えたのは宍戸だった。
すると、その新任教師がまだ年若い女性だった事もあって、クラスメイトはひやかしと悪ふざけでプリントの山を手にする宍戸に絡んできたものだからこの有様だ。
友人達を怒鳴りつけてさっさと教室を出てきた宍戸は、今更持ち直すのも面倒で、そのまま歩いていたところ、部活仲間の向日と鉢合わせしたのだ。
「……このへん突っついたら、絶対崩れ落ちそ…」
「アホ! やったら泣かす!」
「泣かねーもん!」
宍戸は、やたらとすばっしこい向日の事を今度は怒鳴りながら、そのちょっかいをかわしていく。
「あ」
「……、…くそ」
向日が口を開け、宍戸が毒づいた。
プリントは無事だ。
しかし。
「……あーあ…」
「あーあじゃねえ! アホ!」
「ダサー……」
「お前のせいだろうがっ」
高めの位置で結わえられていた宍戸の髪が、肩へ、背中へと、解けて落ちる。
髪をとめていたゴムが飛んで足元に落ちた。
「へえ…宍戸、髪伸びたなー」
「伸びたなーじゃねえっての…!」
いくら怒鳴っても、まるでこたえない向日に嘆息して、宍戸は面倒くせえとぼやいた。
その時だ。
渡り廊下から、中庭を歩く見知った顔を見つけたのだ。
「長太郎!」
飛びぬけた長身。
宍戸の一学年下である鳳は、宍戸にそう呼ばれるなり、すごいスピードで走ってきた。
「宍戸さん」
あっという間に宍戸と向日の前に立つ。
「教室移動ですか?」
お疲れ様です、と二人の先輩への目礼も欠かさない鳳の態度を、向日は腹を抱えて笑っている。
「鳳ー、お前そんなんだから犬とか言われんだぜ?」
人懐っこくて従順で、礼儀正しく微笑ましい。
そんな鳳への犬呼ばわりは、無論好意的な意味で成されているのだが、取り分け宍戸への殊勝ぶりは凄まじく、それはそれで恰好のひやかしの種だった。
「長太郎。そのへんにゴム落ちてっから、それで俺の髪結べ」
宍戸が顎で指し示した先を見て、鳳は渡り廊下に入ってきて、膝をついた。
ガラスの靴でも拾ったみたいにゴム取るなと向日がまた笑う。
なんですか?それは、と鳳は温厚な笑みで向日に応えながら、そっと宍戸の背後に回った。
プリントを持ったまま、宍戸が背後を振り返る。
目と目が合うと、はい、と鳳は頷いて。
微笑を深める。
「失礼します」
「……馬鹿丁寧にいいっての」
「でも断りも無しに宍戸さんの髪に触れません」
「あのな。なんかの祟りでもあるみたいじゃねーか」
「今、ここにいる人達に羨まれて、妬まれて、俺が闇討ちとか合う可能性ならありそうです」
鳳は終始穏やかに、そして丁寧に、宍戸の髪を結わえた。
「サンキュ」
再度鳳を背後に見やった宍戸の視界にいたのは、そのルックスの甘さを一層際立たせる甘い微笑に笑みを細めている鳳だ。
「…………なー…宍戸」
「何だよ」
気力を根こそぎ奪われたかのような態度の向日の声に。
宍戸は怪訝に眉根を寄せながら、呼びかけに応じて向き直る。
耳で聞いた通りの表情で、向日はがっくりと肩を落としていて、ただでさえ小さな体が尚一層小さく見える。
「お前、そんだけ懐かれて慕われたら、鳳のこと可愛くてしょうがねーだろ…?!」
「は? なに馬鹿なこと言ってんだ。お前」
心底呆れて言い捨てた宍戸の返事に、向日はといえば。
鳳に向けて叫び声を上げた。
「今の聞いたかよ鳳! お前がそんな風にして従順に従ってる宍戸はな、こういう、暴君、俺様二号なんだぞ!」
俺様一号の顔を思い浮かべた時だけ、三人の心は一つになったが、すぐにバラバラになった。
「いい加減お前も目ぇ覚ませ!」
「目覚ますのはお前だっての。岳人」
「喧嘩しないで下さいよ…二人とも…」
「誰の為に言ってやってると思ってんだ鳳!」
散々賑やかになってしまった騒ぎを、あっという間に沈下させたのは、プリントを届けるという目的を思い出した宍戸だった。
宍戸は、足早に駆け出して。
向日を追い越しざまに言った。
「別に懐かれなくたって、慕われなくったって、可愛いだろ。こいつは」
こいつは、と。
宍戸の目線に撫でられた鳳が、それこそとろけそうな笑みを浮かべたのを目の当たりにして。
あまりの恥ずかしさに赤くなったのは向日で。
彼は耐えかねたように、涙目で「ゆうしーーー!」と叫びながら宍戸とは逆方向へ走っていった。
右へ左へと散らばる三年生を見送った鳳は、春風にまかれたように目を細め、どうしようもなく幸せそうだった。
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