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How did you feel at your first kiss?
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 跡部から渡されたものを手のひらに乗せて見ながら、神尾は誰に言うのでもなく呟いた。
「………嫌がらせかなあ…」
 実際そう口に出してみると、ダメージは一層大きくなる。
 溜息も出てこない。
「……………」
 それを、手に握りこむ事も出来ないまま。
 神尾は手のひらの上の小さく丸いものを、ただ見つめるだけだった。

 
 跡部は何でも持っていて、何でも知っているから、何にも自分はいらないと神尾は思った。
 跡部の事を好きになって、どんどん好きになって、それだけで自分はいいと神尾は思った。
 だからクラスの女の子達が恋人から貰ったプレゼントを喜んでいるみたいに跡部から何かが欲しいと思わない。
 もし何かそういう物を跡部から渡されたら。
 神尾はどうしても跡部のこれまでの事も考えてしまいそうで、それが怖かった。
 跡部を好きな気持ちは神尾の中に絶え間なくあるもので。
 口にしないと許容範囲を超えてしまって苦しいくらいで。
 だから跡部に好きだと告げる事は神尾にとっていっそ楽になれる行為だったから、自分ばかりが好きだとか、それが不安だとか、思うことはなかった。
 跡部に何か言われたり。
 何か手渡されたり。
 そういう事は何一つなかったけれど。
 神尾はそれでいいと思っていた。
 多分、形ある何かを、跡部から渡される事が怖かったのだと、神尾は今にして思う。
 実際、初めて跡部から渡されたものをこうして前にしてみて確信した。
 どういうつもりで跡部が神尾にこれを手渡したか。
 神尾には皆目検討もつかない。
 ただひたすらに、どんどん暗い方向へと陥ってしまう自分の思考も、相当女々しいと思えば。
 神尾の落ち込みも一層酷くなる。
 とにかうそうやって、鬱々と歩くだけだった神尾の視界に、見知った人物の姿が飛び込んでくる。
 神尾が彼らに気づいたのと同時に、彼らも神尾に気がついた。
「やあ。不動峰」
「……………」
 無表情ながらも穏やかな声をかけてきた方は、他校とはいえ一学年上の男であるので神尾は目礼した。
 眼鏡をかけた長身の彼の隣で、敵意かというような鋭い眼光で神尾を見据えてき方は同学年だから。
 普段の神尾なら挑発まがいの軽口をたたくことも容易いのだが、いかんせん今日は日が悪かった。
 とてもそういう気分になれない。
 神尾はじっと相手の顔を見るだけだった。
「………、…何だ」
「……なにが?」
 相手の、きつい眼差しが、ぎこちなく揺らぐ。
 そう怪訝な問いかけを寄こしてきた海堂に、神尾が力なく聞き返せば。
 海堂の視線は泳いで。
 戸惑いも露に、まるで助けを求めるように、傍らの乾を見上げた。
「………………」
 あれ、と神尾は思った。
 海堂は、あんな顔するような奴だっただろうかと。
 自問する。
 そんな海堂と肩を並べている乾の気配も、何だか随分と優しく凪いでいる。
 乾もまた、あんな雰囲気の男だっただろうか。
 しかも乾は、神尾にこんな事まで言い出した。。
「何かあった?」
「……は?……俺ですか?」
「そう。神尾」
 海堂が心配してる、と乾は言った。
 神尾は思わず海堂を見てしまった。
「誰が、…!…」
「まあまあ。海堂」
 激高寸前の海堂を軽くあしらいながら、笑み交じりの乾は尚も神尾に問いかけてきた。
「何か心配事かい?」
「…………別に…」
「困ってる事とか?」
「いえ…、…」
「……ああ、なるほど」
「は?」
 少しも会話の流れが汲めない。
 どうしてこれで、なるほどなどと相槌を打たれたのかさっぱり判らない神尾は。
 しかし次の瞬間叫び出さんばかりに驚愕した。
「恋の悩み」
 親指で神尾を指し示し、乾は海堂を見つめてそんな事を言った。
 しかも海堂は。
 納得したみたいに、ああ、という顔をした。
「なん、……!……な…っ……なに言…、っ、」
 赤くなるべきか青くなるべきか。
 自分で自分の反応も自覚できないまま神尾が息も絶え絶えに口を挟めば、青学の二人は揃って、違うのか?とでも言いたげな表情で神尾を見据えてきた。
「…………、う」
 お、おんなじかおしやがって!と神尾は唇を噛む。
 ただでさえ深く深く神尾は落ち込んでいるというのに。
 そこに追い討ちをかけるみたいに。
 他校の生徒に勝手に心中見透かされて。
 これではあんまりではないかと。
 神尾は八つ当たり気味に二人をきつく睨みつけた。
 喧嘩をふっかける意図はないが、今更引くにも引けない。
 攻撃的に気配を尖らせた神尾を、海堂もひどく難しい顔をして見据えてきた。
 そんな二年生の漂わせる雰囲気を、柔らかく切り崩したのは年長者の乾だった。
「よかったら話してみるかい」
「……………」
「なあ、神尾? 海堂は物凄く口がかたいし、俺もデータ収集が趣味だが基本的に秘密主義で個人情報の流出はしないよ」
「………あんた何言ってんですか」
「そういう呆れた顔しない」
 笑う乾の奇妙な和やかさと、通常より砕けた感じのする海堂とを目の当たりにして。
 二人の距離の。
 その近さに、彼らの状況を察してしまう。
「………いーよな。あんたたち」 
 神尾の大きな溜息に紛れた小さな呟き。
 聞きとめたらしい二人が正反対の表情で神尾に向き直った。
「いいだろう」
「よくねえ!」
 極めて機嫌の良い乾と、すこぶる機嫌の悪い海堂に同時に叫ばれた神尾は、もうすっかりとやけっぱちな気分で、手の中に握っていたものを、ぐっと彼らに差し出して見せた。
「………………」
「これは?」
 無言の海堂と、問いかけてきた乾とに、神尾は暗く目線を向けながらぽつりと零す。
「………嫌がらせ」
「誰から誰への?」
「………………」
 真っ向から聞かれて思わず押し黙る神尾の目の前で、あろうことか海堂が乾に答えた。
「……多分、氷帝の跡部さんじゃねえッスか」
「跡部?」
「な…ッ……海堂、てめ…っ…何で知って……!…、あ…」
「……へえ…」
「海堂…!」
 乾があまりにしげしげと見つめてくるので、神尾は尚も海堂に食ってかかった。
 ところが海堂は海堂で平然としたもので。
「一緒にいる所何度か見た事ある」
「へえ」
「……、…っ……んだよ…っ………全然、口かたくなんか、ねーじゃんかよ! マムシ……!」
「ああ、悪いな神尾。俺にだけ特別なんだよ」
「…、…誰もそんなこと言ってねえ!」
「だって海堂、跡部と神尾が一緒にいるのを見かけた話、今ここでした以外に誰かに話した事あるか?」
「……、それは」
「海堂は口がかたいよ。見た事を無責任に吹聴するような奴じゃない。そういう海堂が、こういう時に俺に話してくれるから嬉しいんだ」
 何でこう。
 どうしてこう。
 人が落ち込んでいる時に。
 こいつらは人の目の前で、いちゃいちゃいちゃいちゃしやがるんだろうか。
 神尾はこの上もない落ち込みを味わった。
 あまりといえばあまりではないだろうか。
 そんな神尾の様子に、さすがに気づいたらしい乾と海堂の注意が再び神尾へと向けられる。
「………それで、どうしてそのネックレスが、跡部から神尾への嫌がらせになるんだ?」
「……見りゃ判んじゃないですか」
「いいや? 俺にはさっぱりだけど。……海堂、判る?」
「…………あんたに判らない事が俺に判るわけないだろ」
 あくまでもいちいち甘い気配の零れる乾と海堂が、しまいには羨ましいような気分になっていくから神尾はいよいよ自分も壊れ気味だと思った。
 神尾の手にあるものは、細いチェーンに丸い石のついたネックレス。
 跡部が、何の説明もなしに、放り投げて寄こした代物。
 一つだけついている石は、透明だけれど、傷だらけだ。
 形は丸いが内部は粉々に亀裂が入っている。
 壊れたものだから渡されたのか、自分にはこういうものが似合いだと思われたのか、自分に渡す事とゴミとして捨てる事とが跡部にとっては同じ意味だからなのか。
 これを手にした時から、神尾は深く落ち込んだ。
 あまり跡部の顔を見なかったし、話もしなかった。
 その日は何だかおかしな雰囲気のまま別れて、それから一度も会っていない。
 たかだか二日の事かもしれないけれど、神尾にとってはひどく長い時間のように思えてならなかった。
「神尾?」
「………………」
 乾の呼びかけと海堂のきつい眼差しの中の危惧とが自分に向けられて。
 神尾は何だか泣きたくなってしまった。
 第三者に気遣われるようでは、いよいよもって自分のみっともなさが露見されたようで。
 そんなネックレスでも、捨てられずにこうして持っている自分が、一層馬鹿みたいで。
「……なあ、神尾。この石が何の石なのか、跡部は説明しなかったのか?」
 しかし乾がそんな事を言い出して神尾は驚いて顔を上げた。
「………何の石って…」
「これはクラック水晶っていって、元々内部にこういう亀裂を持つ石だぞ」
 人工的に作る方法もあるけれど跡部からなら天然物だろうと乾は付け加えた。
「持ち主に纏わりつく邪気や悪運を吸い込んで、体外に吐き出してくれると言われていてね。アクセサリーというより御守かな」
「え……?…」
「自分がいない場所でも相手を守ってやりたいっていう意味だと思うけど?」
 そう言って乾が笑った。
 その言葉に神尾は赤くなった。
「え?……ええ?」
「大概跡部も説明不足とは思うけどな。そういう意味合いで渡したものを相手は嫌がらせだと思ってるって知ったら、さすがにあの跡部でも傷心だろうな」
「………、……」
 だって。
 そんなこと、神尾は知らない。
 手の中の石を、神尾は茫然と見つめた。
「割れ傷みたいに見えるかもしれないけど、光に反射させると虹色に輝くって人気らしいけど?」
 乾の言葉通りに神尾がその石を太陽に透かすと、石の中身は水しぶきのように光った。
「………………」
 綺麗だった。
「………俺…」
 ぎゅっと石を握った神尾に、早く行け、という風に顎で示したのは海堂だった。
 その態度に、不思議と腹もたたない。
 気持ちがもう、全部跡部に向かってしまっていて。
 神尾は全力で走った。
 
 跡部の家まで行ったら。
 呼び鈴を押す前に、つけよう。
 細い鎖を握り締めながら。
 神尾はそう思った。
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