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How did you feel at your first kiss?
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 別段人に気をつかう方ではないと、海堂は自分自身を思うのだけれど。
 自分の誕生日に、目覚めてここまで具合が悪いというのはどうしたらいいものか、深く悩んだ。
 風邪か。
 風邪なのか?と自問する海堂は、上半身を起こした体制のまま、なかなか寝床から出られない。
 頭が重く、喉に痛みのような違和感がある。
 身体が熱っぽく軋んでだるい。
「……………」
 ぼうっと剥ぎかけの布団を見下ろしながら、背筋にじわじわ広がる悪寒を気のせいとすることも無理だと悟り、海堂は細い溜息を零した。
 両親も弟も、普段風邪など滅多にひかない海堂が、よりにもよっての今日という日に寝込んだりなどしたら、いったいどれだけ心配するか判らない。
 もし明日寝込むとしたら、それはそれでいいだろうと決意して。
 海堂は寝床から漸く起き出した。
 海堂の家族は全員朝が早い。
 家族の揃う食卓で、日課の早朝ランニングを今日は休むと海堂が口にした時、手の込んだ料理を少量ずつ、懐石料理のような品揃えで用意していた母親は微笑み、新聞に目を通していた父親も微笑み、兄の海堂にひどく懐いている弟も微笑んだ。
 そんな家族の様子を見て、海堂のその場での気分はかなりよくなった。


 朝食と身支度とを済ませ登校した海堂が、再び下り坂を転げるように体調不良を自覚したのは一時間目の科目が終わった頃からだった。
 昼までにあと三時間。
 そう思うと、時間のあまりの長さに一気に倦怠感が増した。
 登校時、授業が始まる前にテニス部の上級生を中心に顔を合わせておいて良かったと海堂は思った。
 どうして知っているのか、彼らは口々に、海堂の誕生日を祝う言葉を口にした。
 愛想がないながらも、一人一人に生真面目に礼を言う海堂の態度は、気心知れたメンバーを充分満足させたようで、続きは部活の後な!といわれた言葉を思い返すと、そこまでもつかどうか、海堂はふらつくような頭に手をやって考え込んでしまう。
 そんな事をしていると、今度は生意気な一年生からメールが届く。
 内容といったら長文の英文で、件名から察するにこれも誕生祝のメッセージのようだった。
 返事をうつ気力がないが読むだけ読んでそのままにしておく訳にもいかず、授業はともかく部活を休もうとは全く思わない海堂は、結局具合が悪いことを自覚しながら残りの三時間を乗り切った。
 元々寡黙な海堂が、休み時間を含め、無言かつ無表情で押し通しても。
 傍目には特別具合が悪いだとか不機嫌だとかいうようには見えないようだった。
「…………………」
 良かったのか悪かったのか。
 昼休みになると、海堂はおそらく誕生日仕様になっているであろう弁当箱を持って、教室を出た。
 吐き気がないのが幸いだが、食欲も然してない。
 かといってこの弁当を残すのも憚れるしで、海堂は廊下を歩いて行きながら、この後どうしようかと思い悩んだ。
 そうして、決して、朦朧とまではなっていないつもりだったのだが。
 海堂は、歩いていた廊下で、向かい側から来た人物に、ぶつかった。
 肩と肩がぶつかるといったような接触などではなく、相手の胸元にそのまま正面から入り込むように。
「………、……すみませ…」
「海堂」
「…………先輩」
 その瞬間、やけに慣れたような感じがしたと思ったら。
 海堂は、乾にぶつかっていた。
 馴染みの良い腕に肩を掴まれ、低い声はいつもの角度から降ってくる。
「無理するなと言いたいんだけど」
「……………」
「今日だから。…気をつかう海堂の性格も判るから」
 少しでいいから何か食べて。
 食後にはちゃんとこれ飲んで。
 そう言って。
 乾に何かを握らされる。
 海堂はぼんやりと自分の手を見つめた。
 乾の手もまだそこにある。
 長い指と、骨ばった甲。
 乾が持っていて、海堂に握らせたのは、小さな紙の箱だった。
 まるでギフトボックスのようなそれは、真新しい風邪薬のパッケージだ。
「薬飲んだら保健室」
「……乾先輩…」
「部活に行く前に、俺が様子見に行くからそれまで寝てて。その時に駄目だと思ったら俺がそのまま送ってく」
「……………」
「反論は受け付けないよ」
 優しくて。
 優しい分。
 きっと心配して。
 すごく心配して。
 ちょっと怒っているかもしれない。
 海堂は、そんな乾を見上げて頷いた。
「……………」
 海堂に手渡した薬の箱から引いた手を、乾が海堂の額から眦にすべらせる。
「………少し熱っぽいか」
「……………」
 無意識に、海堂はその手に擦り寄りたい気になった。
 大きな手がひどく心地いい。
 乾を見つめながら、首を乾の手のある方に僅かに傾ける海堂に。
 気難しいような、甘い狼狽のような躊躇を目にして、熱っぽくなる理由なんてこれだろうと海堂は思った。
「…………ありがとうございます」
 微かに笑んで海堂が言うと、乾に、そっと抱き締められた。
 ここは学校の廊下なのだと今更ながらに海堂は思ったが。
 思考の霞む海堂には、それ以上追及する気力がなく。
 そして、乾がそうするのなら、おそらくは人目もないのだろうと信じる事でされるに任せた。
「………先輩?」
「……うつってくれればいいんだがな」
「え……、……?…」
「こんな一瞬でもさ」
 そうして抱擁はゆるく解かれる。


 乾が海堂にしてくれる事は。
 向けてくれる言葉は。
 いつも海堂に未経験の感情を呼び起こす。
 海堂の誕生日にも、こうしてとびきりの。
 海堂を理解をしてくれているという、最大級のギフトを。
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