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How did you feel at your first kiss?
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 四階建ての鉄筋コンクリートの部室棟の屋上から、跡部が飛び降りようとしている。
 そういうことなので、下界は凄い騒ぎになった。
 騒いでいるのは氷帝テニス部のレギュラー陣だ。
 部室棟の向かいにある体育館から、筋トレメニューをこなして出てきた彼等が見たものは、誰かと何事か揉めているらしい跡部の姿だ。
 校舎の物ほど頑丈ではない部室棟の屋上フェンスの外側に、跡部は出てしまっている。
 普通に腰を下ろして座れるくらいのスペースはあるものの、どうやら激しく激高しているらしい跡部は。
 屋上の方へと顔を向けて怒鳴っているので、真下から見上げる様子は決して心臓に良いものではなかった。
「……何してんねや…跡部…」
 一見冷静でいるようで、しかし真っ先に声を上げたのは忍足だった。
 そんな忍足の隣で向日が突然走り出し、そして適当な所で止まり、笑って叫ぶ。
「着地はー! ここらじゃねえ?」
 飛んでみそー!と嬉々と口にした向日に忍足が駆け寄った。
「そんなんお前にしか出来へんわ!」
「そうだな! 跡部には無理だよなー!」
「嬉しそうに笑っとる場合やないて。もう」
 氷帝のD2がそんな小競り合いをしている間も、跡部は空中に背を向けて、相変わらず誰かに何かを怒鳴っている。
 恐らく下界の喧騒など気にもかけていないと思われた。
「跡部ー? 跡部ー? 跡部ー?」
 珍しく起きているジローが壊れたおもちゃみたいにエンドレスに叫び、日吉が唖然と口を開け、樺地が固まる。
 そういう仲間達のリアクションも全てひっくるめた上で、うんざりした溜息を吐き出す宍戸に駆け寄ったのは鳳だった。
「宍戸さん……! どうしましょう……!」
「ほっとけ」
「はい」
 真顔で焦っていた鳳の筈なのに、宍戸のたった一言で至極あっさり頷き落ち着く。
 その様子に向日が爆笑し、忍足が呆れ返った。
「どんだけ宍戸のわんこだお前ー! すっげー笑える!」
「はい?」
 何かおかしかったですか?と鳳は宍戸に聞いた。
「宍戸さんが放っておけって言うなら、大丈夫って事ですもんね…?」
「………………」
 宍戸は困ったような怒ったような目で鳳を見返して、片手を上げた。
「…ついてこい。長太郎」
「はい!」
 歯切れ良い同意を口にした鳳を従えて、宍戸が歩き出す。
「どこ行くん。宍戸」
「部室棟の屋上」
「俺らも行こか?」
「お前らは跡部が落ちてきたら受け止める役。そこに待機」
 宍戸が跡部を突き落としに!と声に出した忍足と、声には出さなかった日吉とが、同じ思いで頬を引きつらせれば。
 向日は小さな身体で樺地を引っ張り、受け止めの段取りを決めている。
 ジローは叫びつかれて眠ってしまっていた。
 宍戸は深々と溜息をつきながら、大股で歩き、部室棟の階段を上っていく。
 そうして屋上へと辿りついて見れば、宍戸の予想通りの光景が広がり、彼の溜息は一層深く重くなる。
「跡部…! 危ないだろっ、戻れってばっ!」
 屋上で叫んでいる他校生に、鳳が、あれ?と声を上げた。
「不動峰の神尾君ですね……宍戸さん」
「それ以外に跡部にあんなことやらせる奴がいるかよ」
 屋上まで来たものの、進んでそれ以上踏み込む気はないらしく、宍戸は非常口の重い鉄扉に寄りかかった。
 鳳もそれに並ぶ。
「うるせーって言ってんだろ! この馬鹿!」
「何そんな怒ってんだよ……っ!」
「だから馬鹿だって言ってんだ! そんな事も判らないで叫んでんじゃねーよ!」
「叫んでんのは跡部だろっ………って、うわ、危ねえってば…っ! 跡部っ!」
 地上の比ではない喧しさに不機嫌を極めていく宍戸を、鳳がそっと見下ろした。
「………喧嘩……ですかね」
「してない時があるか? あいつら」
「はあ……まあ……」
 鳳の唇が苦笑いを浮かべる。
 鳳と宍戸の姿など目にも入っていない様子の彼らは、確かに四六時中よく喧嘩をしている。
 でも。
「てめえ、自分が言った事なんざ、すっかり忘れてやがんだろうが」
「………っ…、跡部が、そんな怒るようなこと…言ったか?!」
「そんなに俺が気にくわねえなら、ここから突き落とせばいいだろうとか、言いやがっただろうがっ!」
 凄まじい跡部の怒声は、離れた所にいる鳳と宍戸でも眉を寄せる程の恫喝だった。
 神尾が僅かに怯んだ様子も見て取れる。
「な、……だっ…、…」
「ふざけたこと言いやがって……久々に本気で腹が立ったぜ……!」
「そ……それくらいで何で……」
「アア? それくらい?」
「うわあっ、あぶないっ、あぶないってば跡部っ」
 見るに耐えない馬鹿がいる、と呻くように零した宍戸に眼差しを向けて、鳳が苦笑のまま問いかける。
「……二人に言ってるんですか?」
「跡部にだよ」
「俺は、よく判りますよ。部長があそこまで怒るの」
「あ?」
 宍戸が見上げてくるのを受け止めるように見つめて。
 鳳は微笑んだ。
「どれだけ喧嘩してる時だって、屋上で取っ組み合いになったとしたって、一番好きで、一番大事な相手に、突き飛ばせばいいだなんて言われたら傷つきます」
「………つまり、あれは今、傷ついてるって?」
 細い顎で宍戸がうんざりと指し示したのは、今度は確認をとるまでもなく、確かに跡部だ。
「傷ついて、それで、そういうこと言う相手を本気で叱りたい気持ち、判ります」
「それなら、お前みたいにそうやって口で言えばいいじゃねえか。跡部も」
 それが何であいつが飛び降りの真似事なんざしてる?と宍戸は不機嫌そうに吐き捨てる。「判れ……って事じゃないですか?」
「神尾もってことか?」
「はい」
 宍戸は鳳の穏やかな応えに溜息をつき、壁に寄りかかって立ったまま、腕組みした。
「そういう事なら出る幕ねえな」
「……………」
 鳳が無言で上半身を屈めて来た。
 影が落ちた視界に、宍戸がちらりと目線を上げれば、もう間近に薄く目を伏せた鳳の顔があった。
「………なんだよ」
 唇が触れる寸前に宍戸が囁けば、鳳は動きを止めて宍戸よりも小さな声で言う。
「……あてられて」
「あいつらにか…?」
「はい」
「………お前も相当の変わり者だな……」
「宍戸さんの事が好きすぎるだけですよ」
「別にそれは悪いことじゃないからいい」
 そして軽く唇を合わせた二人に、当然全く気づいていない跡部と神尾は。
 結局。
 フェンスの向こう側にいる跡部が、納得して機嫌を直すまで、神尾がごめんなさいと叫び続けるという、何とも奇妙な光景を繰り広げ続けているのであった。
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