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How did you feel at your first kiss?
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 あれだけの破壊力があるサーブを打ち込む手と同じ手が奏でているとはとても思えないバイオリンの旋律に、包まれる。
 音からにも、その姿からにも、吸引されて。
 宍戸は鳳を見つめる。
 昼休みの音楽室。
 確か最初は偶然だった。
 昼休み、この場所で、顔を合わせた後輩の鳳に、物珍しさから楽器を演奏させ、聴き入っていた宍戸だったが。
 近頃ではその頻度が増えて、昼休みに音楽室に足を運んでいる事が多い。
 テニスの話をしながらでもメロディが奏でられ出すと、心地良くも甘ったるい気分に終始させられた。
 宍戸はクラシックに興味も無いし、鳳が器用に操る楽器から、何の曲が演奏されているのかも判らない。
 でも、鳳の指が爪弾く、優しくもあたたかな音が好きだった。
 テニスをするときとは違う、甘く凪いだ表情も好きだった。
「…………………」
 綺麗な音を生む綺麗な男。
 宍戸が見据えていると、鳳が宍戸を見返して気持ち良さそうに笑った。
「俺が何か弾くと、宍戸さん、いつもそういう顔をしてくれて嬉しいです」
「……は? 顔?」
 忙しくても、大変な事があっても、今はここで休んでくれているみたいな、と滑らかな鳳の囁きが調べに交ざる。
 人のこと言えた義理かと宍戸は思ったが口にしなかった。
 代わりに、机に片手で頬杖をついた姿勢で、宍戸は鳳に問いかけた。
「専門的なこと判らねえけどよ。お前、バイオリンでもピアノでもそれだけ出来て、音楽の方もっと本格的にやれとか言われねえの?」
 それに対して鳳の返事は微苦笑だけで、あながち的外れな疑問でもなかった事を宍戸を知る。
「俺は渡すつもりねえけどな」
「宍戸さん?」
「お前の楽器、聴くの好きだけどよ。だからってそっちに本腰とか言われてたとしても、絶対やんねえ」
「……宍戸さん」
 音楽なんて、宍戸には判らないのに。
 宍戸の言葉で。
 メロディが甘くなって。
 鳳の微笑も幸せそうになって。
 そういう事は、よく判った。
「お前にどれだけいろんな才能があって、そういう能力を生かす場がどれだけよそにあったとしても、必ず。そのどれを選ぶより、テニスと俺のが良いって思わせてやる」
 宍戸が宣戦布告したのは、鳳の持つ力に対して。
 鳳の未来に対して。
 そんな思いを口に出させる威力のある、バイオリンの演奏に言葉を引き出されるようにして、宍戸は、じっと鳳を直視して告げた。
 宍戸を見つめ返してきた鳳の手が止まる。
「………………」
 ふっつりと突然途切れてしまった旋律は、胸を熱く詰まらせるようような余韻で教室を満たした。
 耐えかねたように、バイオリンを置いて足早に歩み寄ってきた鳳に、宍戸は背中を抱き寄せられる。
 頬杖をついたまま、広い胸元に押し付けられるよう抱き締められた。
「お前……俺を抱き締めんのも上手いよな」
「俺より上手い奴なんていません」
 テニスでも、楽器でも、あまり自己表示することのない鳳の、きっぱりとした物言いに気持ちを甘く擽られ、宍戸は小さく笑った。
「……かもしんねえな」
「かもじゃないです」
 顔は見えないけれど、少し拗ねているような鳳のそんな言い方がやけにかわいく思えて、宍戸は鳳の背に腕を伸ばした。
「誰にも」
「……………」
「それが人でなくても」
 鳳の宣戦布告は、熱の高い、純度も高い、真摯な響きで宍戸を包んだ。
「物とか、環境とかでも。俺は絶対、宍戸さんは渡しません」
「……そうしてくれ」
 からかい半分。
 そしてもう半分は。
 鳳に、そんな勝負に挑まれるのも良いかもしれないと、自覚してしまった宍戸の気恥ずかしいような笑みに交じって吐かれるのだった。
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