How did you feel at your first kiss?
七夕前夜、部活からの帰り道、雲の厚い空を見上げて鳳は呟いた。
「今年も七夕の天気、悪いみたいですね」
例年七夕は天候に恵まれない。
鳳の隣を歩く宍戸は、言われて初めて気付いたみたいに頭上を見やった。
「七夕って明日か?」
「はい」
持ち上がった細い顎を斜から見下ろしながら、鳳は、一年に一回しか会えない天空の彦星と織姫みたいに自分がなった時の事を考え、正気の沙汰ではいられないだろうと思った。
一年に一回しか会えないというのは大袈裟だけれど、でもどうしたって来年は、高等部に進学する宍戸と自分とに一年差の空白があく。
中等部と高等部との敷居の高さが天の川のように思えてしまう。
「……何でお前がそんな顔してんだ? 長太郎」
「え…?」
「彦星と織姫にまで同調してんじゃねえよ」
呆れた風に宍戸が言うので、違いますよと鳳は苦笑を浮かべた。
優しいとか、人がいいとか、そういう性質の度を越してる部分があると、鳳は常日頃から宍戸に言われているので。
そうじゃないんですと首を左右に振った。
「七夕にかこつけて、ちゃっかりと自分の事です」
「……ああ?」
「来年は我が身?って」
「アホ……」
宍戸の細く伸びた指が手荒に鳳の髪をかき乱す。
「仕事をなまけて引き離されたような奴らと俺達を一緒にしてんじゃねえよ」
「……宍戸さんがそういうの知ってるのってちょっとびっくりです」
「悪かったな!」
「悪くないです」
おっとりと鳳が笑んでしまうのは、荒っぽくも優しい宍戸の手の感触や、言葉のせいだ。
鳳は宍戸の髪にも指を差し入れた。
「……何だよ?」
宍戸が怪訝に問いかけてくる。
鳳は足を止めて、丁寧に両手の指を宍戸の髪へともぐらせた。
鳳の髪からは宍戸の手が退く。
ちいさな頭を長い全ての包むよう、鳳は宍戸を見つめおろした。
「七夕の早朝に髪を洗うと黒髪が美しくなるっていう言い伝えがあるそうですよ」
宍戸の髪には、以前のような長さはない。
でも、つややかでなめらかな指通りは短くなっても変わらない。
「………………」
丁重に撫で付けていると、宍戸は鳳の好きにさせてくれているまま、目を閉じて唇を引き上げた。
「……じゃ、やれ」
「………宍戸さん?」
「七夕の早朝、お前が俺の髪を洗えって言ってんだよ」
「…………それって…」
「今日泊まりに来いって言ってんだよ」
ほんの少し不機嫌に宍戸が言うのは、察しの悪い鳳の返答を責めての事だろう。
鳳は、宍戸に言われた言葉の意味が判らなかった訳ではないのだが。
ただ、ほんの少しの泣き言めいた言葉を口にした自分に、呆れながらもとびきりの甘やかしが宍戸から放られてきた事に胸が詰まったのだ。
「ご両親にご迷惑じゃないですか?」
そんな言葉で遠慮もしたのに。
「そりゃお前の方だろ」
うちの親ふたりしてお前の事すげー気にいってるし、と宍戸は嘆息する。
確かにこれまでにも歓迎が過ぎて、宍戸が鳳をさっさと自室に連れ込む事が幾度かあった。
「………じゃあ、お言葉に甘えて」
「……ん」
鳳がそっと手を引くと、宍戸はもう一度軽く目を閉じてから、歩き出した。
その後に続きながら、鳳は通り過ぎかけた店の、営業中のプレートに目をやった。
「あ、宍戸さん。ちょっとだけ待ってて下さい」
「何だよ」
「せめて何か手土産を」
「アッホ! いらねーっつの」
吐き捨てた宍戸に鳳は微笑んで言った。
「カルピスですから」
「……はあ?」
呆気にとられたような宍戸を促して、鳳は一緒に店内へと入る。
陳列ラックから、馴染みのある瓶を一瓶、手に取った。
「カルピスが発売されたの、七夕の日だって知ってました?」
「………そうなのか?」
「はい。この包み紙の水玉模様は天の川を表してるんですよ」
だから、と鳳はカルピスを買った。
「明日、責任もって俺は宍戸さんの髪を洗いますから。七夕の飲み物は宍戸さん作って下さいね」
「ま、それくらいいいけど」
今年も多分天候はいまひとつで。
天空にミルキーウェイは見られないかもしれない。
来年は多分、進級とともに。
今みたいに学校の行き帰りが一緒になることもあまりないかもしれない。
でも、離れたまま、ただ待つだけの一年にする気はないわけだから。
七夕を教訓に。
誓約はカルピスで。
「今年も七夕の天気、悪いみたいですね」
例年七夕は天候に恵まれない。
鳳の隣を歩く宍戸は、言われて初めて気付いたみたいに頭上を見やった。
「七夕って明日か?」
「はい」
持ち上がった細い顎を斜から見下ろしながら、鳳は、一年に一回しか会えない天空の彦星と織姫みたいに自分がなった時の事を考え、正気の沙汰ではいられないだろうと思った。
一年に一回しか会えないというのは大袈裟だけれど、でもどうしたって来年は、高等部に進学する宍戸と自分とに一年差の空白があく。
中等部と高等部との敷居の高さが天の川のように思えてしまう。
「……何でお前がそんな顔してんだ? 長太郎」
「え…?」
「彦星と織姫にまで同調してんじゃねえよ」
呆れた風に宍戸が言うので、違いますよと鳳は苦笑を浮かべた。
優しいとか、人がいいとか、そういう性質の度を越してる部分があると、鳳は常日頃から宍戸に言われているので。
そうじゃないんですと首を左右に振った。
「七夕にかこつけて、ちゃっかりと自分の事です」
「……ああ?」
「来年は我が身?って」
「アホ……」
宍戸の細く伸びた指が手荒に鳳の髪をかき乱す。
「仕事をなまけて引き離されたような奴らと俺達を一緒にしてんじゃねえよ」
「……宍戸さんがそういうの知ってるのってちょっとびっくりです」
「悪かったな!」
「悪くないです」
おっとりと鳳が笑んでしまうのは、荒っぽくも優しい宍戸の手の感触や、言葉のせいだ。
鳳は宍戸の髪にも指を差し入れた。
「……何だよ?」
宍戸が怪訝に問いかけてくる。
鳳は足を止めて、丁寧に両手の指を宍戸の髪へともぐらせた。
鳳の髪からは宍戸の手が退く。
ちいさな頭を長い全ての包むよう、鳳は宍戸を見つめおろした。
「七夕の早朝に髪を洗うと黒髪が美しくなるっていう言い伝えがあるそうですよ」
宍戸の髪には、以前のような長さはない。
でも、つややかでなめらかな指通りは短くなっても変わらない。
「………………」
丁重に撫で付けていると、宍戸は鳳の好きにさせてくれているまま、目を閉じて唇を引き上げた。
「……じゃ、やれ」
「………宍戸さん?」
「七夕の早朝、お前が俺の髪を洗えって言ってんだよ」
「…………それって…」
「今日泊まりに来いって言ってんだよ」
ほんの少し不機嫌に宍戸が言うのは、察しの悪い鳳の返答を責めての事だろう。
鳳は、宍戸に言われた言葉の意味が判らなかった訳ではないのだが。
ただ、ほんの少しの泣き言めいた言葉を口にした自分に、呆れながらもとびきりの甘やかしが宍戸から放られてきた事に胸が詰まったのだ。
「ご両親にご迷惑じゃないですか?」
そんな言葉で遠慮もしたのに。
「そりゃお前の方だろ」
うちの親ふたりしてお前の事すげー気にいってるし、と宍戸は嘆息する。
確かにこれまでにも歓迎が過ぎて、宍戸が鳳をさっさと自室に連れ込む事が幾度かあった。
「………じゃあ、お言葉に甘えて」
「……ん」
鳳がそっと手を引くと、宍戸はもう一度軽く目を閉じてから、歩き出した。
その後に続きながら、鳳は通り過ぎかけた店の、営業中のプレートに目をやった。
「あ、宍戸さん。ちょっとだけ待ってて下さい」
「何だよ」
「せめて何か手土産を」
「アッホ! いらねーっつの」
吐き捨てた宍戸に鳳は微笑んで言った。
「カルピスですから」
「……はあ?」
呆気にとられたような宍戸を促して、鳳は一緒に店内へと入る。
陳列ラックから、馴染みのある瓶を一瓶、手に取った。
「カルピスが発売されたの、七夕の日だって知ってました?」
「………そうなのか?」
「はい。この包み紙の水玉模様は天の川を表してるんですよ」
だから、と鳳はカルピスを買った。
「明日、責任もって俺は宍戸さんの髪を洗いますから。七夕の飲み物は宍戸さん作って下さいね」
「ま、それくらいいいけど」
今年も多分天候はいまひとつで。
天空にミルキーウェイは見られないかもしれない。
来年は多分、進級とともに。
今みたいに学校の行き帰りが一緒になることもあまりないかもしれない。
でも、離れたまま、ただ待つだけの一年にする気はないわけだから。
七夕を教訓に。
誓約はカルピスで。
PR
この記事にコメントする
カテゴリー
アーカイブ
ブログ内検索
カウンター
アクセス解析