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How did you feel at your first kiss?
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 例えばそこが物凄い人ごみの雑踏の中だとか、全校集会が行われている校庭だとか、偶然相手を見つけた街中だったとして。
 そういう場で、まるで引き合うようにお互いの目が合う。
 すぐさまお互いの存在を認識する。
 いる、と思って。
 その感が外れた事がなかった。
 探すよりも先に、意思がまっすぐ疎通しているような乾と海堂に。
 それはもういっそ才能の域だと乾に言って笑ったのが、青学テニス部の天才だったという話だ。
「………不二先輩…そんなことあんたに言ったんすか」
「ああ。そう言う不二も不二で、いったいどこでどう俺達の事を見てるんだかな……」
 乾がノートにペンを走らせながら、唇の端を僅かに引き上げる。
 いつものように二人で行う自主トレも、最後の柔軟を済ませた今は、乾の今日のデータが書付られれば全てが終わる。
 首から下げたタオルでこめかみを押さえた海堂は、乾の表情に、ふと眉根を寄せた。
「……先輩?」
「ん?…ああ、ちょっと思い出してさ」
 些細な違和感。
 いったい何をと海堂が問うより先。
 乾はノートを閉じて海堂を見つめた。
「海堂、目立ってたからなあ」
「…………なんの話っすか」
「俺が初めて海堂を見た時の話」
「態度悪くてだろ……」
「いやいや。オーラがね」
 テニス強くなりたいんだなって判る綺麗な強い目立ち方、と乾は言って。
 思い返すように笑みを深める。
「………………」
 どういう表現だと海堂は絶句する。
 しかもそれに加えて乾の和らいだような表情が何とも居たたまれない。
 海堂のそんな困惑を知ってか知らずか、乾は微かに首を片側に傾け、何か自己確認するように頷いた。
「というか、輝いて見えちゃったのは、それだけじゃないかもな」
「か、………」
「所謂一目惚れだった訳だから……キラキラしていたのかもしれないな……」
「ひ、っ…、…キ、……、…」
 何を真顔で、そんな真面目な声音で、言って、そんな訳の判らない事を。
 海堂は錯乱した。
 声は詰まって言葉にならないし、頭は酸欠で何一つ碌な反応も返せない。
 あまりにも自分が関わっているとは到底思えないような言葉を立て続けに乾から放られた海堂が、乾を漸く怒鳴りつけられたのは。
 一呼吸二呼吸おいてどころの騒ぎではない。
 たっぷりと混乱し、惑いまくった挙句に、海堂は声を嗄らして叫んだ。
「………、…あ………、あんたな、!」
「何だ?」
「それだけ頭良いくせして、どうしてそういう所は、そんなに、おかしいんだよ……ッ…」
 海堂の渾身の叫びを、乾はいかにも不服そうに迎えうってきた。
「なあ、海堂? お前こそ、自分のテニスの実力や努力についてはどれも正しく認識してるのに、どうしてこういう事に関しては、そうも無自覚かな?」
 一目惚れは本当の話、と乾に真摯にきっぱりと告げられて。
 海堂はもう、どうしていいのかも判らず、ただ押し黙るしかない。
 気恥ずかしいのか、心もとないのか、きっと両方に違いない。
 そんな海堂の様子に乾が。
 またふと淡い笑みを唇に湛えた。
「……何だ、知らなかったのか? 海堂」
「…………………」
 乾はおもしろそうにそう言った。
 それはからかっているというより、純粋に思いもしない出来事に直面した時特有の笑みだったから、海堂も今度は反抗しなかった。
 無言で頷いた海堂に、乾は今度はそんなに昔ではない頃を思い返して囁いてくる。
「嬉しかったよ。メニューの事でお前に呼ばれた時は」
「…………………」
「俺としては最初から、海堂のこと構ってみたくて仕方なかったからさ」
「……そういう風には全然見えなかったですけど」
「海堂は一人で考えて、一人で何でも実行してたから、そういう俺の願望はばれないように頑張ってたんだよ」
「…………………」
「だから海堂から相談を受けたのは嬉しかったし、そこでそういうきっかけを作ったら、後はもう、俺の方から猛進って感じだっただろう?」
「…………あんたのそういう所が」
「苦手?」
「逆です」
「…ん?」
 さらりと続きを口にした乾の言葉を真っ向から否定して、海堂は言った。
「尊敬してる。…………何だよその顔」
 人との接触が苦手な自分を自覚しているだけに、海堂は、ここまで気心許せる相手を今まで知らなかった。
 乾を知り得たのは、さりげなくも熱心に、海堂との接触を持ち続けてくれた乾だったからと言って過言はない。
 別段急に思いついた訳でもない言葉を口にした海堂は、今度は乾が絶句したのを見て困惑した。
 多少の含羞を自覚しながらも、海堂は面食らったような乾を見据えた。
 乾の長い指が、大きな手のひらが、ゆっくり動いて彼の顔半分を覆う。
「いや………」
「…………………」
「…驚いて」
「………笑ってんだろ」
 ゆるむ表情をそう指摘すれば、乾は誤魔化しもせずあっさり頷いた。
「じわじわと嬉しさが」
「意味わかんねえ」
「…好きだよ? 海堂」
「他人事みたいに言ってんじゃねえ…っ」
「好きだ」
「…、…そういう声出すな…!」
「注文多い所もつくづく好きだ」
「ふざけんなっ」
 上機嫌の乾は、酔っぱらいより余程質が悪い。
 海堂は、怒鳴っても怒鳴っても、繰り返し繰り返し好きだと言ってくる乾を置いて、とうとうそこから走り出した。

 全力で。
 しかし乾に、見失われる事はないだろうという事を海堂は知っている。
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