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How did you feel at your first kiss?
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 神尾が跡部の家に行くと、いつも物珍しくていかにも高級そうなケーキの類が用意されているようになったのはいつくらいからだったろうか。
 甘いものが好きで、会う度にそういったものをうまいうまいと言って食べている神尾だったから、跡部が用意させているのは明らかだったけれど。
 今日は綺麗なピンク色の、口に入れるとたちどころに溶けて無くなる、軽くてさっくりとした触感のお菓子だった。
「これなに?」
 跡部の家で食べるものには大抵この言葉がつきもので。
 ぱくぱくと口に運びながら神尾は跡部に問いかけた。
「シャンパンビスキュイ」
 聞いても判らないのはいつものこと。
 首を傾げていると、跡部は淡々と説明した。
「卵白を泡立てて、乾燥焼きにしたジャンパーニュ地方の銘菓だ」
「いい匂いするけど……ちょっとアルコール入ってる?」
「食用色粉を水じゃなくてオー・ド・ヴィで溶いてる程度にはな」
「オーなんとかってなに」
「……キルシュとか」
「………………」
「まあ酒だ」
「ふーん。うまいなー」
 溜息をつきながらも、跡部はこういう所が結構マメだ。
 あまり言動を惜しまないというか、基本的に面倒見がいいのだ。
 俺様のくせして。
「あ、雨降ってきたな」
「泊まってけ」
「………跡部ー……」
 窓の外の様子に気づいて神尾はそれを口にしただけなのに、即答で跡部から返されてきた言葉に神尾は力なく肩を落とした。
「どういう理屈だよ……」
 雨なんか、降ってきたとはいえパラパラと疎らだ。
 帰れなくなる程では到底ない。
 それなのに真顔で、当然の事のように跡部が言うものだから。
 ちょっとくすぐったいような照れくささも感じつつ、神尾はじっと跡部を見据えた。
 シャンパンビスキュイを長い指に取り、口に運ぶ跡部の所作からは、目が離せない。
 ここまで綺麗な男ってのがいるんだなあとしみじみ神尾は思う。
「七夕だから泊まっていくってのは理由になんねえのか」
「………や、……なんていうかそれは随分恥ずかしい理由では……」
 跡部は恋愛沙汰にもいろいろと慣れているようで、こういう事を言ったりしても平然としているものだが。
 神尾にしてみれば、まだまだ気恥ずかしいことばかりだった。
「七夕っていえば、……雨降ったから、織姫と彦星は会えないんだよな?」
 ぎこちなくも慌てて話題をすりかえれば。
 跡部は溜息混じりに神尾を軽く睨んでくる。
 その上、テーブルに片肘ついて、薄く開いた唇から覗かせた舌の上で、シャンパンビスキュイがとける様を見せ付けてくるとか。
 恥ずかしいからほんとよしてくれと頭を下げたくなる神尾だった。
「か、…可哀想だよな……、…元々一年に一回しか会えないのに、雨だったら、その日も駄目になるなんてさ……!」
「………その時は本来一匹の筈の案内役のカササギが無数現れて、天の川に自分達の身体で橋をかけてくれんだよ」
「え、そうなのか?」
 なら良かったな!と言い終わるか言い終わらないかのうち。
 神尾は跡部に腕を引っ張られる。
 難なく跡部の胸元に収まるよう抱き込まれてしまって。
「…………、……跡部……」
「泊まらねえなら、ここのいる間はこれくらい近くにいろっての」
「………………」
 からかって笑われているくらいなら、いっそまだ良かった。
 でも、静かにこんな事を言われると、神尾はもうどうしていいのか判らない。
「………空の上でもおんなじ感じなのかな…」
「どっちのが恥ずかしいんだよ」
 喉で低く笑った跡部の両腕が、強く神尾の背にまわる。
 痛いくらいにきつく抱き寄せられて。
 かぶりつくように口付けられて。
「……、……ッ……ん…」
「神尾…」
「……ン…、…ぁ…と…、…っ…ん、」
 錯覚でなく、甘い舌と舌とでキスをつなぐ。
 雨交じりの七夕。
 跡部に床に組み敷かれて、神尾はほんの少しの間だけ、天空の恋人達の事を考えた。
「……帰れなくしてやればいいだけの話だな」
 欲情に濡れた跡部の、物騒にも聞こえる低い声に。
 もうとてもじゃないが、他所事に気をとられている場合ではなくなった神尾だった。
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