How did you feel at your first kiss?
宍戸が名前を呼ばれて振り向くと、向日が上下にぴょこぴょこ跳ねながら恐ろしく早いスピードでこっちに向かって走ってくる。
向日の器用なダッシュを目の当たりにし、いつものことながら宍戸は溜息をついた。
全ての力を前方に向けた方が疲れも少ないに違いない。
「おはよー宍戸ー! 飴食う? てゆーか食え。お前の好きなミントだぞ!」
あっという間に目の前に立った向日に押し切られるように宍戸は口に飴を入れられた。
「自分で食うっての…!」
「宍戸、口ちっちぇー……飴一個で中いっぱいじゃん!」
指入れんなっ!とはっきりしない発音で喋らざるを得ないのは、向日の指が邪魔するからだ。
「おおー舌やわらかい!」
「気持ち悪い事ぬかすな!」
「あ、侑士ー! 聞いて聞いてー、宍戸の舌すっごいやわらかいの! でもって口ん中せまくってー」
どういう言い草だと宍戸は不機嫌な顔で、向日と、彼が駆け寄った忍足とを見やる。
「………目笑ってねえよ。忍足の奴」
向日の話を聞きながら宍戸を見てくる忍足の目は相当きつい。
呆れて相手にしてられないと宍戸はさっさと部室に向かう。
「宍戸さん。おはようございます」
「ああ、」
相手を判っているうえで気楽に振り返って応えた宍戸は背後にいた鳳の顔を見て。
お前もかと脱力する。
「………長太郎」
「………………」
目は笑っていないのに唇の端は綺麗に引き上げている後輩の表情に宍戸はあからさまな溜息を吐き出した。
「宍戸さん」
「何だよ」
腕をとられた。
引っ張られ、少し歩かされる。
「………………」
学園の敷地内は豊富な植物に恵まれている。
高樹齢の樹木も少なくなくて、そのうちの一本に宍戸は背中を押し当てられた。
宍戸の二の腕に指を回しきる鳳の手は大きくて、加減した力で宍戸をつかみとってくる。
少しずつ色を変え始めた葉影で、影を差し込ませた鳳の表情は危うい。
「おい。遅れると跡部がうるせーぞ」
「……他の人の話しないで」
「他の人ってな……あの何様の話だろうが」
「でもイヤです」
断言と一緒に鳳は苦く笑んだ。
彼自身がそれを無茶な理屈だと判って口にしているので、その表情は危なっかしくて仕方が無い。
宍戸にしてみれば、叱り付けるほうがよほど簡単なのに。
無性に甘やかしてやりたくてどうしようもなくなる厄介な目だ。
「宍戸さんの口の中とか舌とかの話を他の男から聞くのもイヤです」
「……おいおい…向日だぜ? 勘弁しろって」
「誰だと嫌で、誰なら良い、なんていう話じゃないんです」
「長太郎」
相当な我儘だが、この後輩は決して宍戸の嫌う言葉や態度は使わない。
だからたまにこんな風に駄々をこねられても、傷つけあうような喧嘩にはならいことが判っている。
「俺だって今日まだ触れてないのに……その飴はずっと宍戸さんの舌にあるんですよね」
「………お前…飴にまでかよ」
宍戸は噴き出した。
笑ったまま、憮然としている鳳に頬を包まれ、近づいてくる顔に目を細める。
「…持ってけ。アホ」
宍戸から唇をひらくと、耐えかねたような鳳のキスで唇を塞がれた。
「………ん…」
葉擦れの音がする。
秋風は、まだ物寂しさよりもひどく暑かった夏の余韻を消すだけの快さで吹き付けてくる。
鳳の舌は宍戸の口腔から飴を取っていかなかった。
「……………ぅ…」
宍戸の口の中に入っている飴を、鳳は差し入れた舌で舐めて転がす。
「…っ………」
薄く目を開けた宍戸は、自分の口の中で飴を舐めている鳳の、長い睫毛を間近に見て再び目を閉じた。
ひどく生々しいことをしかけてくるくせに、鳳の整った清廉な顔に少しばかり腹が立って、意趣返しというように鳳の腕から抜け出る。
普段逃げた事がないから、たまにこういう振る舞いをすると鳳には覿面によく効いた。
「…………、……」
もどかしさと欲の滲む鳳の表情に気が晴れた側から、結局宍戸はそんな鳳を慰めてやりたくなるのだからどうしようもない。
「行くぞ。長太郎」
放課後下駄箱で待ってろよとぶっきらぼうに付け加える。
鳳はなだらかに微笑んだ。
「はい。宍戸さん」
その表情につられて笑い、宍戸はもう見失いそうに小さくなっている飴の欠片に歯をたてた。
パキンと音にならない音をたて、飴は形をなくしたが。
キスの余韻までもが消失することはなかった。
向日の器用なダッシュを目の当たりにし、いつものことながら宍戸は溜息をついた。
全ての力を前方に向けた方が疲れも少ないに違いない。
「おはよー宍戸ー! 飴食う? てゆーか食え。お前の好きなミントだぞ!」
あっという間に目の前に立った向日に押し切られるように宍戸は口に飴を入れられた。
「自分で食うっての…!」
「宍戸、口ちっちぇー……飴一個で中いっぱいじゃん!」
指入れんなっ!とはっきりしない発音で喋らざるを得ないのは、向日の指が邪魔するからだ。
「おおー舌やわらかい!」
「気持ち悪い事ぬかすな!」
「あ、侑士ー! 聞いて聞いてー、宍戸の舌すっごいやわらかいの! でもって口ん中せまくってー」
どういう言い草だと宍戸は不機嫌な顔で、向日と、彼が駆け寄った忍足とを見やる。
「………目笑ってねえよ。忍足の奴」
向日の話を聞きながら宍戸を見てくる忍足の目は相当きつい。
呆れて相手にしてられないと宍戸はさっさと部室に向かう。
「宍戸さん。おはようございます」
「ああ、」
相手を判っているうえで気楽に振り返って応えた宍戸は背後にいた鳳の顔を見て。
お前もかと脱力する。
「………長太郎」
「………………」
目は笑っていないのに唇の端は綺麗に引き上げている後輩の表情に宍戸はあからさまな溜息を吐き出した。
「宍戸さん」
「何だよ」
腕をとられた。
引っ張られ、少し歩かされる。
「………………」
学園の敷地内は豊富な植物に恵まれている。
高樹齢の樹木も少なくなくて、そのうちの一本に宍戸は背中を押し当てられた。
宍戸の二の腕に指を回しきる鳳の手は大きくて、加減した力で宍戸をつかみとってくる。
少しずつ色を変え始めた葉影で、影を差し込ませた鳳の表情は危うい。
「おい。遅れると跡部がうるせーぞ」
「……他の人の話しないで」
「他の人ってな……あの何様の話だろうが」
「でもイヤです」
断言と一緒に鳳は苦く笑んだ。
彼自身がそれを無茶な理屈だと判って口にしているので、その表情は危なっかしくて仕方が無い。
宍戸にしてみれば、叱り付けるほうがよほど簡単なのに。
無性に甘やかしてやりたくてどうしようもなくなる厄介な目だ。
「宍戸さんの口の中とか舌とかの話を他の男から聞くのもイヤです」
「……おいおい…向日だぜ? 勘弁しろって」
「誰だと嫌で、誰なら良い、なんていう話じゃないんです」
「長太郎」
相当な我儘だが、この後輩は決して宍戸の嫌う言葉や態度は使わない。
だからたまにこんな風に駄々をこねられても、傷つけあうような喧嘩にはならいことが判っている。
「俺だって今日まだ触れてないのに……その飴はずっと宍戸さんの舌にあるんですよね」
「………お前…飴にまでかよ」
宍戸は噴き出した。
笑ったまま、憮然としている鳳に頬を包まれ、近づいてくる顔に目を細める。
「…持ってけ。アホ」
宍戸から唇をひらくと、耐えかねたような鳳のキスで唇を塞がれた。
「………ん…」
葉擦れの音がする。
秋風は、まだ物寂しさよりもひどく暑かった夏の余韻を消すだけの快さで吹き付けてくる。
鳳の舌は宍戸の口腔から飴を取っていかなかった。
「……………ぅ…」
宍戸の口の中に入っている飴を、鳳は差し入れた舌で舐めて転がす。
「…っ………」
薄く目を開けた宍戸は、自分の口の中で飴を舐めている鳳の、長い睫毛を間近に見て再び目を閉じた。
ひどく生々しいことをしかけてくるくせに、鳳の整った清廉な顔に少しばかり腹が立って、意趣返しというように鳳の腕から抜け出る。
普段逃げた事がないから、たまにこういう振る舞いをすると鳳には覿面によく効いた。
「…………、……」
もどかしさと欲の滲む鳳の表情に気が晴れた側から、結局宍戸はそんな鳳を慰めてやりたくなるのだからどうしようもない。
「行くぞ。長太郎」
放課後下駄箱で待ってろよとぶっきらぼうに付け加える。
鳳はなだらかに微笑んだ。
「はい。宍戸さん」
その表情につられて笑い、宍戸はもう見失いそうに小さくなっている飴の欠片に歯をたてた。
パキンと音にならない音をたて、飴は形をなくしたが。
キスの余韻までもが消失することはなかった。
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