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How did you feel at your first kiss?
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 今更何か欲しいものはないかと跡部に聞く気にはなれなかった。
 何でも手にしている男だからだ。
 仮に手にしてなくて欲しいものは、人から貰うものではなくて自ら手に入れたがる男だからだ。
 跡部の誕生日をどうしたらいいか。
 神尾はずっと考えていた。
 跡部が、誰からも貰った事のないものをあげたかった。
 跡部に、誰にもあげた事のないものをあげたかった。
 そんな神尾へ、奇跡の光がさすように。
 跡部へのプレゼントが見つかったのは、まだ夏も盛りの頃だった。
 これだ!と確信した神尾はそれから。
 CDを何枚か分。
 映画を何回か分。
 ゲームソフトを何本か分。
 コンビニに行くのを何回か分。
 我慢して貯めたお金で、跡部にラブレターを出しに行った。
 場所は南紀白浜。
 強面ながら気のいいオジサンの運転するデコトラをヒッチハイクして、辿り着いた枯木灘海岸。
 そこの海底、推進十メートルにある赤いポストが神尾の目的地だった。
  
 そうして生まれてはじめてのウェットスーツを着込んだ神尾が海底ポストに投函した跡部へのラブレターは、くしくも跡部の誕生日当日の月曜日に配達されてきたわけなのだが。
 ラブレター片手に跡部の形相は凄まじかった。

「………テメエ」
 声で人が殺せそうな跡部の言葉に、神尾はけろりとしたものだった。
「どうしたんだ跡部」
「どうしたじゃねえ」
 海底ポストだあ?と跡部は金持ちらしからぬガラの悪さで呻いた。
「……ヒッチハイクだ?」
「ああ。すっげーいい人に当たってさあ」
「見知らぬ野郎の車に乗ったって言ってんのかお前」
「電飾ギラギラのデコトラな。俺初めて乗った。面白かったぜ!」
 何怒ってんだ跡部、と神尾が言うと。
 跡部は乱暴に神尾の後ろ髪を掴んだ。
「い……ってーなー! もー!」
「……水深何メートルって言いやがった」
「十メートル」
 さっきも言ったじゃんかと言った神尾の口は跡部の唇に塞がれた。
「…、…ん……っ、ん…っ…」
 荒っぽく唇が離れる。
「ダイビングもした事ないだろうがテメエは!」
「……っ………ちゃ……んと、インストラクター…の人つ…いたし!」
 人魚みたいだって感心されたんだぜという言葉の途中で神尾はまた跡部に濃厚な口付けをぶつけられた。
「…………っぅ…、」
「頭いかれてんじゃねーのかお前もそいつも」
「……なん…で、そ…ゆーこと…ばっか、言うんだ…よ…っ…」
 キスが苦しくて。
 声が冷たくて。
 要するに跡部が怒っていて。
「ど、して怒るんだよ……、…?」
「……………」
 誕生日だから。
 跡部が好きだから。
 普通じゃない手紙を、特別な手紙を、神尾は出したかっただけだ。
 だからお金を貯めて、だから初めて行く土地に行って。
 生まれて初めてラブレターを書いた。
 跡部に手紙を書く事だって初めてだった。
 ロープにつかまって海底に潜っていくと、視界が狭くて、身体がゆらゆらして、自分が息をしているのかどうかも判らなかった。
 海の底に古びた赤いポストを見つけた時はドキドキした。
 百五十円で買った専用ハガキを投函した時は嬉しかった。
 跡部が、受け取って、どんな顔をするかな、とか。
 何て言うかな、とか。
 考えて、ずっと、楽しみにしていたのに。
「……ひ……、…ぅ…」
「…………………」
 しゃくりあげた途端、涙は呆気なく目から出てきて。
 両方の二の腕の辺りをきつく跡部に鷲づかみにされている神尾は、首を左右に振ってキスを解く。
「も、…いい……!…」
「神尾」
「……捨てれば、いい…!……」
 もう帰ると神尾が声を振り絞ると、縛りつけられるような強い力で跡部に抱き締められる。
「…………っ…」
「神尾」
「ふ…、……ぇ…」
 跡部の胸にきつく顔を押し当てて、両手で跡部の来ているシャツを握り締めて、泣き止めない神尾の背を跡部の手がかき抱いてくる。
「…………泣くな」
「……、っ…、……ッ…」
「お前が悪いんだから泣くんじゃねえ」
 跡部が吐き捨てるように言った。
 くそったれ、と毒づかれて。
 でも不思議と。
 神尾の、あれだけ痛んだ胸の内が凪ぐように和らいだ。
 跡部のその言葉で。
 背中を這い上がってきて、神尾の後頭部を撫でる跡部の手のひらの感触で。
「形見残すような真似するな」
 泣きながら神尾は笑う。
 跡部に抱き締められながら。
「………に……ばか…なことゆ…ってんだよ……」
「ヒッチハイクなんか二度とするな」
 本当にいい人だったよ、と思ったけれど神尾は言わなかった。
「海になんか二度と潜るな」
 インストラクターもちゃんといるし、ずっとロープにつかまって降りていくし、危ない要素なんか何も無いのに、と思ったけれどやはり神尾は言わなかった。
「……形見…になってたら……」
「………………」
「今泣いてたの……跡部だったよな……」
 跡部をからかって神尾はそう言ったのに。
「……そう判ってるなら二度とするな」
「…………ば…かだなあ…跡部…」
 結局くしゃくしゃになって神尾は泣いた。
 食いしばった歯の隙間からもらすような跡部の声がこの上なく真剣で、いとおしくて、泣いた。



 ラブレターなんだからちゃんと読めよ、と連れていかれたベッドで浴びせかけられるようなキスの合間をぬって神尾は跡部に告げた。
 跡部の返事は簡単で。
「誰が見ても絶対訳のわかんねえ手紙だから、ずっと持っててやる」
 たくさんハートを書いて、結局真っ赤に塗りつぶされたようなハガキ。
 でも光に透かすとペンの形跡で初めてその正しい内容が判るハガキ。
 簡単に見抜いた跡部は、多分神尾が書いたハートと同じような数、神尾の肌に薄赤い印を重ねていった。
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