How did you feel at your first kiss?
近づくにつれ二人の雰囲気が妙に初々しく、和やかである事が判る。
ぽつぽつと言葉を繋いで話をしている海堂と柳生の元へ向かった乾は、不二の魔法を信じているから迷わず手を伸ばした。
海堂に。
「先…、……」
声をかけるより先に、骨ばっているようで触れるとなめらかな海堂の手を握り、引き寄せて、乾の胸元に海堂の背が軽く当たる。
さらりと揺れた黒髪からは温かな優しい香りがする。
「………乾先輩?」
乾は海堂の背後から手を回し、そっと肢体を抱き込んだ。
乾の手の下で海堂の薄い下腹部が強張ったのが判った。
「……乾くん」
「…、…何し、………」
全く表情の読めない柳生と。
ぎょっとしたように振り返ろうとする海堂と。
この立ち位置の関係から、背後の仲間達からは乾は海堂の後ろに立ったとしか見えないであろうことを確信して、一層腕の力を強めた乾と。
三人が対峙する。
「……、乾、先輩……!」
「海堂くん」
「………っ……、…」
「後ろにいる彼らからは乾くんのその手は見えていないから安心するといい」
「………………」
「それから乾くん。海堂くんに、あまり可哀想な事をするのはやめたまえ」
そんなに怖い顔をするのも、と柳生は淡々と言う。
「…………は…?」
振り返ってこようとする海堂を、乾は振り返らせなかった。
抱き込む腕の力を強くする事で。
一層封じ込めてしまった。
海堂が身体を硬直させる。
「……なるほど? 海堂くんには見せたことないみたいですね」
そういう顔をと柳生は言って唇に笑みを刻む。
乾は無言で否定せず、海堂は狼狽えて肯定しない。
「海堂くん」
柳生一人がさらさらと、冷静な低い声で言葉を紡いだ。
「乾くんはひょっとするとかなりの激情型のようだ」
「……激情型?」
「きみに声をかける時は気をつけないといけませんね。うちのメンバーにも伝えておきましょう。……うちの参謀あたりならばとっくに知っているかもしれませんがね」
「………な、」
「よろしくな。柳生」
「よろしくされましょう。では」
柳生は最初に話しかけてきたとき同様、にこやかに。
乾と海堂に目を配って背を向けた。
「海堂くん。またこの間のように偶然どこかで会える事もあるでしょうから」
話の続きはその時にまたと言い置いて、柳生はほんの少しからかうような笑みを肩越しに残して立ち去った。
「………………」
残された二人のうちの一人、海堂が。
強い力で乾の腕を振り解いたのはその直後の事だ。
「あんた人前で何考えてんだ…?!」
乾は海堂のきつい双瞳をじっと見つめる。
「当然海堂の事を」
「………ッ……」
「それから心配しなくても不二がうまくやってくれている。誰も俺たちを見ちゃいないさ」
「…、っ……そういう話じゃ……!」
乾が何か言う度、海堂は言葉を詰まらせたり目元を赤くしたり声を荒げた。
その度乾は可愛いなあとか可愛いなあとか可愛いなあとか思っている。
でも実はひっそりと胸の内で自己嫌悪中でもある。
警戒心が強くて人に懐かない海堂の性格に、乾はどこかで安心していた部分がある。
自分だけが別格の扱いをされる奇跡を感謝することはあれ、自分以外にもその可能性も持つ人間が居るかもしれないというような事は考えなかった。
「……とにかく…! ここはもう全国大会、…!」
よほど衝撃が強いものだったのか、海堂は言葉が最後まで続かずどこかぐったりとしている。
「うん。全国だね」
乾がいつものようにやんわりと言葉を繋いでやると、小さく息を継いで幾分冷静さを取り戻したらしく、海堂は頷いた。
「………っす。だから先輩…」
「何て丁度良いんだろうな」
「……………あ?」
「だから全国で。はっきりさせておくのにちょうどいい、良い機会だ」
「…………テニスの話…してるんすよね…?」
「ああ。テニスと海堂の話を」
青学テニス部の力と。
お前が誰のものかを。
「……、…ッ……!」
乾が言うなり海堂は染め上がるように赤くなった。
「…っ、あんた、なに言い出す……ッ…」
「海堂をとられたくないって焦ってるんだ」
「焦、……どこがだよ?!」
いったいあんたのそのどこが焦ってるんだ!と声を荒げた海堂は、叫んだせいで有耶無耶になりかけた乾の台詞を聞きとがめ、すっと目を据わらせる。
「とられたくないってなんだ」
「うん? そのままの意味だよ」
「なに馬鹿なこと……」
「全校の前でキスとかして俺も宣誓しておくかな」
「、っ、ほんとに馬鹿だろあんた…!」
「必死なだけだよ」
海堂を見つめて、乾は微笑する。
「…………………」
本当に、必死なだけ。
そう思って伝える自嘲の笑みであったけれど。
海堂は心底呆れているようで目線がひどく鋭かった。
「さすがに全国大会でキスはしないよ」
だからそんなに呆れないでよと乾が言うと。
「……そっちじゃねえよ」
低く海堂が呟いた。
「あんたみたいな物好きが他にいる訳ねえだろ」
「………………」
謙遜のレベルの発言でないのは海堂の表情を見れば乾にはすぐに判る。
本気で吐き捨てている海堂に乾は苦笑いするしかない。
努力は正しく認識していて、魅力にはてんで無頓着な海堂に、乾の焦燥感は判らない。
「参った………本当にどうしよう? 海堂」
「…………知るか…っ…」
海堂は乾の問いかけをどう思ったのか、まるでからかわれている事を怒るような顔をして乾を睨みつけ、走って行ってしまった。
「だから乾、そういう態度で妬いたって海堂には判らないってば」
「不二」
音も無く隣に立った不二に、別段驚くでもない乾は溜息をつく。
「あれは寧ろ怒らせたね。すごい目してたよ」
くすりと笑った不二に乾は頷いた。
「ああ。すごい可愛かったよな」
そして不二もいなくなる。
不二が立ち去る時に言った言葉は、不二にしては珍しい、力ない声での『海堂馬鹿』という呟きだった。
ぽつぽつと言葉を繋いで話をしている海堂と柳生の元へ向かった乾は、不二の魔法を信じているから迷わず手を伸ばした。
海堂に。
「先…、……」
声をかけるより先に、骨ばっているようで触れるとなめらかな海堂の手を握り、引き寄せて、乾の胸元に海堂の背が軽く当たる。
さらりと揺れた黒髪からは温かな優しい香りがする。
「………乾先輩?」
乾は海堂の背後から手を回し、そっと肢体を抱き込んだ。
乾の手の下で海堂の薄い下腹部が強張ったのが判った。
「……乾くん」
「…、…何し、………」
全く表情の読めない柳生と。
ぎょっとしたように振り返ろうとする海堂と。
この立ち位置の関係から、背後の仲間達からは乾は海堂の後ろに立ったとしか見えないであろうことを確信して、一層腕の力を強めた乾と。
三人が対峙する。
「……、乾、先輩……!」
「海堂くん」
「………っ……、…」
「後ろにいる彼らからは乾くんのその手は見えていないから安心するといい」
「………………」
「それから乾くん。海堂くんに、あまり可哀想な事をするのはやめたまえ」
そんなに怖い顔をするのも、と柳生は淡々と言う。
「…………は…?」
振り返ってこようとする海堂を、乾は振り返らせなかった。
抱き込む腕の力を強くする事で。
一層封じ込めてしまった。
海堂が身体を硬直させる。
「……なるほど? 海堂くんには見せたことないみたいですね」
そういう顔をと柳生は言って唇に笑みを刻む。
乾は無言で否定せず、海堂は狼狽えて肯定しない。
「海堂くん」
柳生一人がさらさらと、冷静な低い声で言葉を紡いだ。
「乾くんはひょっとするとかなりの激情型のようだ」
「……激情型?」
「きみに声をかける時は気をつけないといけませんね。うちのメンバーにも伝えておきましょう。……うちの参謀あたりならばとっくに知っているかもしれませんがね」
「………な、」
「よろしくな。柳生」
「よろしくされましょう。では」
柳生は最初に話しかけてきたとき同様、にこやかに。
乾と海堂に目を配って背を向けた。
「海堂くん。またこの間のように偶然どこかで会える事もあるでしょうから」
話の続きはその時にまたと言い置いて、柳生はほんの少しからかうような笑みを肩越しに残して立ち去った。
「………………」
残された二人のうちの一人、海堂が。
強い力で乾の腕を振り解いたのはその直後の事だ。
「あんた人前で何考えてんだ…?!」
乾は海堂のきつい双瞳をじっと見つめる。
「当然海堂の事を」
「………ッ……」
「それから心配しなくても不二がうまくやってくれている。誰も俺たちを見ちゃいないさ」
「…、っ……そういう話じゃ……!」
乾が何か言う度、海堂は言葉を詰まらせたり目元を赤くしたり声を荒げた。
その度乾は可愛いなあとか可愛いなあとか可愛いなあとか思っている。
でも実はひっそりと胸の内で自己嫌悪中でもある。
警戒心が強くて人に懐かない海堂の性格に、乾はどこかで安心していた部分がある。
自分だけが別格の扱いをされる奇跡を感謝することはあれ、自分以外にもその可能性も持つ人間が居るかもしれないというような事は考えなかった。
「……とにかく…! ここはもう全国大会、…!」
よほど衝撃が強いものだったのか、海堂は言葉が最後まで続かずどこかぐったりとしている。
「うん。全国だね」
乾がいつものようにやんわりと言葉を繋いでやると、小さく息を継いで幾分冷静さを取り戻したらしく、海堂は頷いた。
「………っす。だから先輩…」
「何て丁度良いんだろうな」
「……………あ?」
「だから全国で。はっきりさせておくのにちょうどいい、良い機会だ」
「…………テニスの話…してるんすよね…?」
「ああ。テニスと海堂の話を」
青学テニス部の力と。
お前が誰のものかを。
「……、…ッ……!」
乾が言うなり海堂は染め上がるように赤くなった。
「…っ、あんた、なに言い出す……ッ…」
「海堂をとられたくないって焦ってるんだ」
「焦、……どこがだよ?!」
いったいあんたのそのどこが焦ってるんだ!と声を荒げた海堂は、叫んだせいで有耶無耶になりかけた乾の台詞を聞きとがめ、すっと目を据わらせる。
「とられたくないってなんだ」
「うん? そのままの意味だよ」
「なに馬鹿なこと……」
「全校の前でキスとかして俺も宣誓しておくかな」
「、っ、ほんとに馬鹿だろあんた…!」
「必死なだけだよ」
海堂を見つめて、乾は微笑する。
「…………………」
本当に、必死なだけ。
そう思って伝える自嘲の笑みであったけれど。
海堂は心底呆れているようで目線がひどく鋭かった。
「さすがに全国大会でキスはしないよ」
だからそんなに呆れないでよと乾が言うと。
「……そっちじゃねえよ」
低く海堂が呟いた。
「あんたみたいな物好きが他にいる訳ねえだろ」
「………………」
謙遜のレベルの発言でないのは海堂の表情を見れば乾にはすぐに判る。
本気で吐き捨てている海堂に乾は苦笑いするしかない。
努力は正しく認識していて、魅力にはてんで無頓着な海堂に、乾の焦燥感は判らない。
「参った………本当にどうしよう? 海堂」
「…………知るか…っ…」
海堂は乾の問いかけをどう思ったのか、まるでからかわれている事を怒るような顔をして乾を睨みつけ、走って行ってしまった。
「だから乾、そういう態度で妬いたって海堂には判らないってば」
「不二」
音も無く隣に立った不二に、別段驚くでもない乾は溜息をつく。
「あれは寧ろ怒らせたね。すごい目してたよ」
くすりと笑った不二に乾は頷いた。
「ああ。すごい可愛かったよな」
そして不二もいなくなる。
不二が立ち去る時に言った言葉は、不二にしては珍しい、力ない声での『海堂馬鹿』という呟きだった。
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