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How did you feel at your first kiss?
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 二の腕を軽く叩かれて、海堂は自分を呼ぶその所作に視線を向ける。
「海堂」
 まだ海堂の二の腕に触れたままになっている大きな手。
「………ミーティング中」
「うん。だから小さい声で」
 すでに充分声を潜めていた乾の更なる言い様に、海堂は眉根を寄せた。
 何せ今はテニス部のレギュラー陣が集まっての臨時ミーティングの最中である。
 本来部活のある日ではないので全員制服姿だった。
 いくら後ろの方の席に座っているとはいえ、海堂はこういう状況で私語が出来るタイプではない。
「なあ。一個だけ質問」
「………………」
「なあ…海堂。一個だけ」
「………………」
「海堂ー…」
 ああもうっ、と怒鳴ってしまいそうになるのをぐっと堪えて。
 海堂は乾を睨んだ。
「……何ですか」
「あ、答えてくれる?」
「…………、いいから早く言えって」
 乾にゆさゆさと腕を揺すられた海堂は、衝動を辛うじてやり過ごす。
 それに引き換え乾はのんびりとしたもので、海堂にまた少し近づいてきて。
 海堂を見つめながら唇の端をやんわりと引き上げた。
「あのさ。旅行に行くとしたら海堂はどこに行きたい?」
「…………クルンテープ」
「天使の住む都か。いいね」
「………………」
 タイ語だよなあ、それ、と。
 至極平然と答えた乾に。
 果たして彼に知らない事なんかあるのかどうかと。
 海堂は歯噛みした。
 適当にはぐらかしたつもりが何の役にもたっていない。
 少しくらい動じるとか面食らうとかないんだろうかと一つ年上の男を見つめていると。
 その男は、また一層海堂に近づいてきた。
 腕と腕が必要以上に密着して、重みをかけてこられてるようでもあって。
 海堂はぎょっとする。
「ちょ、…」
「うん。ちょっと予算の関係で国外は無理だね。国内でどこかない?」
 勝手に話を続けるなと毒づいてから海堂は僅かに戸惑った。
「………さっきからあんた何言ってるんですか」
「うん? コレ。当たっちゃったよ」
 そう言って乾が海堂に取り出して見せた紙片。
「……旅行券?」
「そう。懸賞でね」
 だからどこかに行かないかと乾は言った。
「今月三連休あるだろう?」
 行こうよ、と低く囁かれる。
「…………………」
 近頃時々海堂は乾のこういう声を聞く。
 普段の落ち着いた声の中に、嬉しそうだったり楽しそうだったりする感情を交ぜて、更にすごく優しい感じの。
「…………判りました。でもとりあえずその話は後で…」
「今したい」
「……、我儘言ってんじゃねえ」
「海堂には我儘言いたくなるんだ」
「…………っ…、……」
 何の衒いもなく言い切られ、とうとう海堂が羞恥だか理性だか一般論だか、何だか判らない感情で耐え切れずに声を荒げようとした時だった。
「乾! 海堂!」
 よく聞きなれた怒声が、室内にビリビリと反響する。
 彼の一喝は、いくら繰り返されても人が慣れることはない。
 あーあと乾は眉間を顰め、海堂は微かに首を竦めた。
「いい加減私語を慎め!そこの二人!」
「……ごもっともだけど手塚。お前、今日くらいはそれ止めろ」
 たいしてこたえた風もなく、ただ苦笑いしてそう言った乾に、それこそ今日ばかりはと他の面子も乾に加勢した。
「そうだよ手塚ー。手塚の誕生日祝いについて話してるのに、そうやって手塚がいつもの調子だと、なんかもうやりにくいったらないにゃー」
「全くだよね。英二。僕らが提案した企画なんか真っ先に手塚本人から却下だものね」
「中学生がそんな場所に出入りしていいわけないだろう」
 手塚の抑揚のない断言に菊丸と不二は顔を見合わせて呟く。
「ただのカフェなのにー…」
「アルコールは夜だけなのにね…」
「おしゃれで可愛いのににゃー…」
「ひどいよね手塚…」
 いや、何もひどい呼ばわりまでは、と言いながら大石も幾分困ったような顔で手塚を伺っている。
「タカさんの所でも駄目なのか?手塚」
「いつもいつも河村の家に集まって、客商売していらっしゃるのに家の方にご迷惑だろう」
「え、そんな事ないぞ?手塚。親父も楽しみにしてるし…」
「そうっすよ部長!タカさんだってこう言ってるんですから、ごちそうになりに行きましょうよ!」
 河村に桃城と加勢が増えていっても、手塚の態度は変わらない。
「俺の誕生日を祝ってくれるというその気持ちだけでいいと何度言えば判る」
 誰がここに手塚を呼んだんだと一同が頭を抱えてしまう。
 内密に事をすすめるつもりが、すっかりばれているうえ、出す案出す案、本人に全て却下されていくのである。
「お前たちは放っておくと、贅沢や無茶な事ばかりしようとする。誕生日おめでとうと言ってくれた各自の言葉だけで俺は充分だ」
 鋭い視線を均一に配った手塚に、いや、だからそういうんじゃなくてと面々は肩を落とした。
 もっとこう、情緒というか、中学生らしい盛り上がりをだなと各々が手塚に必死で意見する。
 しかし彼らの部長手塚国光には。そういった事はまるで通じない。
「…………………」
 すっかり完全に不貞腐れてしまっているのは青学期待のルーキーからあっという間に今や戦力の中心となっている越前で、彼などはもう部屋の隅の席で、目深に被ったキャップのツバから、じとーっと暗い視線を手塚に向けている。
 不貞腐れているというより、これはもう完全に拗ねているのだ。
「………部長は言うこと聞かないし……乾先輩と海堂先輩は部長や俺達そっちのけでいちゃついてるし…」
「いちゃ、……ッ、」
「悪かったな越前」
 全然悪がっていない笑顔で乾が答え、海堂はとうとう絶句した。
 生意気な後輩の平然とした言い様にか、真意の掴み辛い先輩の臆面もない物言いにか。
 とにかく海堂は固まって、そんな彼を気遣うのは何故か手塚だった。
「大丈夫か海堂」
「う、……っす」
「手塚。越前が可哀想だろう。いい加減大人しく祝われろよ」
「………かわいそう?」
「なあ越前?」
「………何かムカツク」
 言うだけ言って乾は手塚と越前から離れた。
 再び海堂に近づいてきて「それで旅行はどうしようか?」とまたあの不思議に甘い低音で囁いてくる。
「乾先輩」
「大丈夫。ああ言っておけば手塚はもう越前の提案をそのままのむよ」
 それより俺達の予定、と内緒話をするように海堂に耳打ちした乾に。
 誰からともなく、いちゃつくなーという声が飛び交うのだった。


 手塚のバースデイには、越前の家のテニスコートで、手塚杯と称したレギュラー陣のトーナメント戦が行われた。
 優勝者はやはりの主役である。
 手塚杯の影で、あろうことかとある賭けが行われていたらしく、試合後、乾が落ち込み、海堂が機嫌良さげにしていた。
 賭けの対象は旅行の行き先のようだった。
「海堂ー。やっぱり温泉にしようってー」
「往生際悪いっすよ。信州に蕎麦食いに行くんです」
「浴衣ー…旅館ー…」
 男のロマンー、と嘆いている乾に、海堂が赤くなる。
「だからそこー!手塚の誕生日にいちゃつくんじゃなーい!」
 菊丸の大声を、タオルで汗を拭きながら手塚が制する。
「俺は別に構わんが」
「……そういう問題じゃないんですけど。部長」
「越前」
 決勝戦を終えたばかりの二人は、同じようにタオルを首にひっかけていった。
 手塚の手が越前のキャップの上に乗る。
 また強くなった。
 そう言った手塚に、越前がゆっくりと笑った。


 数日後の三連休、乾と海堂は長野に蕎麦を食べに行った。
 乾言うところの男のロマンも、海堂の妥協により、どうやら無事に遂行されたらしかった。
 これはこれでクルンテープ。
 天使の住む都の話だ。
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