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How did you feel at your first kiss?
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 宍戸とダブルスを組んで、初めて勝った試合の時だ。
 笑顔で飛びついてきた宍戸を受け止めて、鳳は、うわ、と驚いた。
 軽い。
 かなりの勢いをつけて鳳に飛びついてきたのに、宍戸の肢体は鳳の手の中で、ふわりと浮き上がっているかのように軽かった。
 確かに自らの手で受け止めているのに、今本当に、自分の腕の中にこの人がいるのかと危ぶんでしまう程。
 宍戸が細身だということは無論鳳も判っていたのだけれど、見た目のしなやかな機敏さは寧ろ硬質なイメージばかりを増長させていて、よもや宍戸が自分の手に、こんなにも甘く軽やかだったとは、鳳はその時まで知らなかったのだ。
 鳳が抱きとめた相手からの、惜しみのない明るい笑顔と、歯切れの良い声が自分の名前を呼んでくるのと。
 宍戸の存在はテニスコートの中で、鳳に、勝利を喜ぶ感情よりも更に色濃く、浸透してきたのだ。
 この人が好きなのだと自覚して。
 その身体を受け止めるのではなく、抱き締めてしまいたいのだと躊躇ったあの日はそう遠い昔の出来事ではなかった。
 今も感じている、この暑い夏の中に、同じ季節の中で続いている話だ。
「おい」
「……はい?」
 鳳の返事は少し遅れた。
 自分を呼ぶ声は宍戸のものなのに。
 あまりの暑さにお互い会話らしい会話はしていなかったものの、鳳は回想に引きずられていて、反応が遅れた。
 それを咎めているのか、宍戸の声は少し不機嫌そうだった。
 目を合わせると、宍戸の眼差しがきつくなった。
「お前、よそであんまりそういうツラすんなよ」
 宍戸は、そんな事を言った。
 言われた言葉がよく判らず、何の事だろうかと鳳は僅かに首を傾げて宍戸を見下ろす。
「あの…どこかおかしいですか? 俺」
「………………」
「宍戸さん?」
「……なんだよ、くそ、真面目に聞いてくんじゃねえよ」
 宍戸が珍しい言い方をした。
 何だか拗ねているような声だなと鳳は思った。
 そんな宍戸は初めてだった。
 そして、聞いてくるなと宍戸が言うなら聞かないと言いたいところだったが、鳳はそうもいかなかった。
「だって宍戸さん怒ってるでしょう? 気になります」
 俺なにかしましたかと口にしながら、鳳は、おそらくは上の空を窘められたのだろうと見当はついていた。
 鳳は、あの日のコートの情景を思い出していた。
 つまりは宍戸の事を考えていたのだが、それを伝えていいものかどうか判らなかった。
「お前な……」
 宍戸は震えていた。
 あ、怒ってる、と鳳が思った通りに。
「好きだとか、人にコクった途端に、忘却の彼方にいくってのはどういう了見だ!」
「……あ……はい。すみません」
 確かに最もな話だ。
 鳳は慌てて頭を下げた。
 最もどころか、酷い話だ。
 好きだと告げた途端にこれでは。
 鳳が神妙に目線で伺った先、宍戸がふと眉根を寄せる。
「おい。…長太郎? お前まさか…熱中症か何かじゃねえだろうな」
 口調は荒っぽいながらも、大丈夫かと生真面目に心配されて鳳は慌てて首を左右に振った。
「いえ、全然、何ともないです」
「………そうか? こんだけ暑けりゃ多少おかしくなんのも無理ないと思うけど」
「おかしいって宍戸さん……」
 まさか自分のした告白など。
 全く本気でなど聞いていないのだろうかと鳳は一層慌てた。
 これだけの暑さ。
 うんざりする猛暑。
 でもだからって、暑さ故の気の迷いなどにされてしまったら堪らない。
 鳳が宍戸に告げた好きだという言葉は。
 半ば自然と溢れてしまった言葉ではあるけれど。
 欠片も気の迷いなどではないからだ。
「宍戸さん」
「、…あのな」
「……、…はい?」
 ぎこちなく遮られ、ぎこちなく聞き返す。
 汗が、身体を伝う。
「俺な、……多分、お前は覚えてねえだろうけど…」
「………………」
「初めて忍足と岳人に試合で勝った時、驚いた事があって…」
 目の前の宍戸から言われた言葉に鳳は目を見開いた。
「何…ですか?」
「あいつらに勝ってよ、そん時、俺、お前に飛びついたんだけどな」
「………………」
「お前、すっげえ簡単に俺んこと受け止めて、抱き上げて、それで何か、……俺が初めて見る顔してて。お前」
 何かを。
 恐らくはあの時を。
 思い出す顔をして、それから宍戸は、じっと鳳を見上げてきた。
「それ見た時に、俺は、お前の事が好きなんだって判った」
「……宍戸さん。ええと…それは…返事?」
 我ながら歯切れの悪い、格好のつかない言い方だと鳳自身思っていて。
 案の定宍戸はうっすら顔を赤くして怒鳴ってきたけれど。
 それは鳳が思っていたような言葉とは違っていた。
「返事だとか、どうとか、俺がもったいぶってるみたいな空気作るんじゃねーよ。アホ…!」
 宍戸に胸倉を掴まれて、怒鳴られた。
 鳳は面食らった後、ぎらぎらした黒い瞳に下から睨みつけられながら、暑さを体感している身体に更なる熱さが籠もるのを知る。
 それはほんの少しも不快でない熱だった。
「宍戸さん」
「俺は…!………普通に、お前の良い先輩でいようと思ったんだ」
「良い先輩です。昔も、今も、これからも」
 それから、と鳳は続けた。
 自分の胸倉を掴んでいる年上のひとの、薄い背中に手のひらをそっと宛がう。
「普通に、恋人でもいて下さい」
「………………」
「俺は、宍戸さんを、何度も、何度も、好きになるから。あの時気づいたみたいに、今でも、これからも」
「…あの時?」
 不思議そうな顔をする宍戸に鳳は柔らかく笑った。
「宍戸さんが、俺が初めて見る顔をしていて」
「………………」
「俺が、宍戸さんが初めて見る顔をしていた時です」
「長太郎…、…」
 通じただろうか。
 こういう言い方で。
 通じたようだ。
 こういう言い方で。
「宍戸さん」
「………、ん」
 鳳の手は宍戸を抱き締めて。
 宍戸の手は鳳を抱き返して。
 暑さも、熱さも、尋常でなく高まって、抱き締めあう中。
 息苦しさなど、どこにもなかった。
 寧ろ、呼吸のしやすい場所を、心地の良い場所を、見つけた気持ちで抱き締めあった

 熱に溶けて安らいだだけだった。
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