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How did you feel at your first kiss?
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 構う、という言葉を海堂は使った。
 乾は少し考えてから口をひらく。
「俺ってそんなに海堂を構ってる?」
 海堂に言われた言葉で乾は聞き返した。
 何の気もなくといった風を装いながら、その実、かなり慎重に。
 何せ海堂は、未だ手放しに乾に心中を晒す事は決してしない。
 乾にメニューを作って貰うという状況を前にして、漸く海堂は、乾に対して今のこの距離感になったのだ。
 この距離は、急いて詰めれば容易く開きをつけられる。
 乾はそんな気がしてならない。
「………………」
 例えばこんな時。
 テニスのこと以外で乾が最初から過度に言葉を並べてしまうと、海堂は即座に沈黙してしまう。
 これが桃城相手だったりすると、海堂はちゃんと、言われた言葉や感情に見合う量で返すんだがなあ、と乾は内心で嘆息している。
 その点でまだ自分などは、海堂に対して構えられる存在なのだろうと乾は考えている。
 海堂の言った、構うという言葉とは別の意味でだ。
「そうか…? 構ってるかな」
 そんな訳で極力控えめな問いかけと疑問にとどめた乾に対して、海堂はといえば、こくりと頷いた。
 それは溜息をつくような頷きだったが、困ったり弱ったりしている訳ではないようだと乾は尚も細かく海堂の様子を伺う。
「わざわざ…こんな風に俺に構うのは、…あんたくらいだ」
 一言ずつ重く呟くような言い方で。
 構う、と海堂は言うけれど。
 乾が今海堂にしている事は、多分そんなに特別なことではない筈だ。
 メニューの受け渡しがてら昼飯を一緒に食おうと誘い、天気が良いので部室の裏庭に座り込んで弁当を広げている。
 乾は正直な所機嫌がいい。
 気分がいいのだ。
 海堂といると。
 そして海堂はといえば、構うと言うくらいだから、少々この場の居心地が悪いらしかった。
 豪勢な弁当に箸をつけながら、少し眉根が寄っている。
 そんな海堂の表情を、乾は自分の顔が緩んでいる自覚は持ちつつ、盗み見ていた。
 多分海堂からは、弁当に没頭しているようにしか見えないだろうと確信しつつ。
「羨ましいならお前らもそうすればって俺は言ってるんだけどな」
「…は?」
 一呼吸後に、怪訝そうな短い声が乾に放られる。
 海堂は何に対してもストイックだ。
 何だか話し方まで。
 感情を抑えたような口調や声音で話すのが常だけれど、多分、海堂の素での話し方や声はもっと柔らかい感じなんだろうなと乾は思っている。
 弁当の中身を着々と片付けていきながら、乾は淡々と言った。
「海堂が乾にだけ懐いたー、馬鹿乾ー!……ってのはどういう理屈なんだろうな…」
「………乾先輩?」
「脅してるんじゃないよね?…なんて微笑まれて一言聞かれるよりかはマシだが」
「あの……」
 ああ、菊丸と不二がね、と付け加えた乾の視界の端。
 海堂の目が見開かれるのだ見えた。
 正面に座っていて盗み見ているっていうのもどうなの、と乾は密やかに思うが、あんまり直視すると視線逸らされるからなあと誰に言うでもない言い訳を頭の中で添えてみたりする。
 何せこの後輩は。
 海堂は。
 誰とも馴れ合わない。
 上級生には寡黙に礼儀を払うが、必要最低限の接触程度で、それは同級生に対しても下級生に対しても代わらない。
 乾の同級生たちが言うように、そんな海堂に乾は懐かれているといえば懐かれているのかもしれない。
 けれど、乾が欲しいのは、今のこの状況だけではないのだ。
「海堂は、俺だけがお前に構うって言うけどさ。……ええと、そうだな…例え話で言うと…」
 思案して呟きながら、乾は正面から海堂の目を見た。
 じっと見据えると、海堂は同じように乾を見返してくる。
「そうだ。…例えば写真を撮ろうとして。俺が撮る人って事でね」
「……はあ」
「うちのテニスコートで、テニス部全員の集合写真を撮るとする。その時に、海堂だけを大きく写すには、俺はどうしたらいいと思う?」
 別に大きく写さなくていいという低い呟きを乾は笑いで流して、つれない後輩を取り成した。
「例え話だよ」
「………………」
「それにはさ、お前の力がいると俺は思う」
「…俺…っすか」
「そう」
 あくまで写真を撮るのは俺だけど、と前置きして乾は話を続けた。
「俺が立ち止まって、カメラを構えて。離れたところで一箇所に集合させたテニス部のメンバーをフレームに入るようにレンズを覗く」
「………………」
「そうしてから、海堂にだけ、俺の方へ近づいて来てもらう」
「………………」
「海堂だけが俺に近づいて来れば、部員たちはフレームに全部おさまってるまま、海堂だけを大きく写せるだろう?」
 そういう風にさ、と乾は密やかに海堂に告げる。
「こっちおいでって、呼んだのが俺でも。海堂が近づいてきてくれたんなら、海堂だけが大きく写ってる写真が撮れるだろう。今っていうのは、つまりそういう状況なんだと俺は思う」
 乾が海堂を構っただけでは、互いの距離など縮まらない。
 海堂が応えてくれたから、他の人間とは違う距離感になったのだ。
「全体を入れる為に、一番肝心なものが小さくなるのは不条理だと思うんだよ」
「そこのところは…よく……判らないっすけど」
 その前の話は。
 何となく理解した。
 海堂は、そう言った。
 どことなく面映そうに見えるのが、何だかやけにかわいらしく思えてならない。
 乾はひっそり笑った。
 少なくとも、そう遠くはない未来には。
 全員を写すから、という大義名分など無しにして、海堂だけの写真を撮れるように。
 つまり、何かしらの理由があって、こうして向き合い昼食を共にしているのではなく、もっと単純に、もっと簡単な理由で、構うとか構われるとか、したいわけなのだ。
 乾は。
「海堂。食わないと時間なくなるぞ」
「………………」
 考えもうとしかけていた海堂を、謎かけのような会話から解いてやる。
 乾も弁当に取り掛かりながら、新緑の木陰で、ふと願う。
 そこのところも、いずれはよく、判ってくれよと。
 寡黙でガードの固い後輩の、ひどくやわらかい部分に思いを馳せて、ふと希った。
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