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How did you feel at your first kiss?
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 跡部からスプーンを放り投げられた。
 そんな風に物を投げられるような、つまり喧嘩を、していた訳ではなかった。
「…………………」
 しかし投げて寄こされたスプーンを咄嗟に両手で受け止めた神尾は、当然困惑する。
「跡部」
「返すんじゃねえぞ」
「いや、…てゆーか…」
 これ何。
 そう言った神尾は。
 呆れ返ったような跡部の視線を浴びて、ムッとする。
 馬鹿にしまくってる目だ。
「……………………」
 跡部に呼ばれてやってきた。
 跡部の部屋のドアを開けた。
 跡部はスプーンを投げてきた。
 だからそれで何なのだ。
 神尾は跡部を睨みつける。
 部屋のドアのところから、それ以上中に入るものかと意地になって睨み続ける。
 冷めた表情の跡部が、根負けして溜息を吐き出すまで神尾はそうしていた。
「………ま、お前が知ってる訳もねえな」
「どういう意味だよ」
「その無駄に容量空きまくっている頭で覚えておくんだな。裕福な家に生まれて、生涯食うものに困らないっていう意味で、世の中には『スプーンを持って生まれた』って言葉があるんだよ」
「…はあ?」
「そいつはラブ・スプーンだ」
 机に向かっていた身体を振り返らせ話していた跡部だったが、そこまで言うとさも面倒そうに前を向いてしまった。
 部屋の入り口にいる神尾には背中を向けた。
「彫物してあるだろうが。彫刻したラブ・スプーンは、男から好きな女へ、父親から娘へ送るもんなんだよ。判ったか。この無知」
「…………………」
 はっきり言って腹のたつ言い方である。
 でも神尾の感性はあくまでポジティブに磨かれているので。
 無知だの、男から女だの、父親から娘だの、そういうどうでもいい言葉はきれいに省いて。
 跡部の口から放たれた、好きな、という言葉だけ拾って零れるように笑った。
 跡部には無論見えてないけれど、そこで神尾は微笑んで、手にした小さな銀スプーンを見つめる。
「なー、跡部。俺プリン買って来たんだ」
「………………」
 手にしたコンビニの袋から、かさかさ音をさせてプリンを取り出す。
「このスプーン使って一緒に食おーぜ」
「………そういう事に使うもんじゃねえんだよ馬鹿」
「えー、いいじゃん。跡部、あーん、ってやってやるから」
 バキッ、と音がした。
 何かを書き付けていた跡部の手が、持っていたシャープペンの芯が折れた音だ。
 神尾はすっかり気をよくして、な?と言いながら跡部の背中に抱きついた。
 右手にスプーン、左手にプリン。
 両手は塞がり、そしてすぐに唇も。
 跡部のキスに塞がれて。
 神尾は笑って、全身への束縛に甘んじた。
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 年下の恋人のキスはいつでもひどく丁寧に宍戸の唇を塞いだが、今日のそれはいつにもまして、繰り返し繰り返し、やわらかく触れてくる。
「…、長太郎」
 呼んだ名前ごと。
「………、ぉ……ぃ……、っ」
 言いかけの言葉ごと。
「ん……ぅ…、」
 上擦る吐息ごと。
 ちいさく、あさく、ふわりと、キスが。
 何度も何度も何度も何度も、いったいいつまで。
「……ッ……、」
 宍戸が鳳の腕にぎゅっと指先を縋らせると、普段聞き分けの良い後輩は、今は聞き分けの悪い甘いキスを重ねながら囁いてくる。
「宍戸さん。明日はね」
「…………ふ…、っ…」
「旧暦の聖十字架称賛の日なんですよ」
 校舎の壁際に追い詰められて。
 長身の身体に覆い被さられて。
 キスばかり受け止め続けて足元が覚束なくなっていく。
「明日は悪魔が、イチゴに毒をつけてまわる日だって言われてるんです」
「長太郎…、も……」
「だから……汚されぬ今日のうちに、イチゴは全て摘み取ろうと言われる日が、今日なんです」
 だからね、と。
 鳳はもう一度言った。
「今日は明日の分も、全部」
 させて下さいね、と丁寧に囁かれて。
 宍戸は鳳に舌をとられた。
 軽いキスは終わった。
 深いキスが始まった。
 褐色の肌をしたこの男は、最近何かと自分に触れる。
 恋人同士でも何でもないのに、今日などはまるでキスでもするかのように。
 指先で頬を撫で、顎にも触れた。
 そこで手を止め、じっと見つめてきて。
「あ、わりぃ」
「………………」
 ぐっと自分が唇を引き結んだのに気付いて、呆気なく詫び、手を離していく。
「綺麗だと思ってつい」
「……………き」
「き?」
「綺麗なんて言うなと何度言ったら……!」
「あ?……ああ、そうだったか?」
 わざとならたいしたものだが、この男は平然とそんな事を言い、あっさり謝った。
「悪いな。当たり前のこと改めて、何度も言う事はないわな」
「…………、……」
 綺麗だと。
 今日の天気を口にするように、何かにつけ彼は自分に向けてその言葉を使う。
 自分の性格の悪さを知った上で、それを口にしてくる相手を、彼しか知らない。
「どうした? 観月」
「…………………」
「綺麗な顔そんなにしてよ」
 また言った。
 まだ言った。
 そんなこと。
「………赤澤部長。あなたは人の顔の事あれこれ口出しすぎです」
「あ? まあ、否定はしないけど」
 感情起伏が激しいタイプなのに、案外と冷静で。
 勝手なようでいて、人の話にきちんと耳を傾ける。
 いい加減だとばかり思っていたのに、根が真面目で。
「…………………」
 テニスだって。
 最初は特筆するような能力があるようにはとても見えなかったのに。 
 何故この男が部長なんだと呆れていたのに。
 今はその自分が、上辺だけの呼びかけでも何でもなく、心から、彼を。
 部長と呼んでいる。
 部長と信頼してもいる。
「俺は、別に観月と違って綺麗なものが好きなわけじゃねーよ」
 フランクな接触。
 気安い所作。
 向けられる笑顔。
 触れられる。
 見つめられる。
 どうにかなる。
「お前の事が好きなんだ」
 そんな風に簡単に言った。
 もう本当に悔しくて。
 どうしてやろうかと睨みつけたつもりが、目からは涙が滲んでくる。
「………綺麗だなあ……お前」
 どこか痛そうに赤澤は微笑み、腕を伸ばしてきた。
 長い、腕。
 抱き締められた。
 痛い。
「…観月」
 熱い。
「…………………」
 放熱しているのは赤澤、痛いのはきっとお互い様。
 悔しいから言葉なんて使うのは止めた。
 本当に小さく、彼の耳元でしゃくりあげてやった。
「………みづ、……」
 平然と自分に触れてきた彼が、簡単に自分を抱き潰せるような彼が、狼狽え、煽られ、その不安定な焦燥感が伝わってきて少しだけ胸をすく。
 こういう男には、言葉よりも態度で判らせるのがいいのだきっと。
 簡単に好きだなんて言えた事を後悔するくらい。
 欲しがって、少しはおかしくなりなさいと。
 抱き込まれた熱っぽい腕の中で思う。
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